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第3話

 塚原くんは、布団の中でまるまりながら、「直貴って呼んでください」とつぶやいた。 「今晩だけだよ。学校ではできないからね」 「うん、いまだけでいい。先生いいにおいする」  肩のあたりに鼻を押し付けて、何かを確かめている。  僕のにおいとかいうよりは、直貴自身が、自分が生きているのだということを確認しているように思えた。  もう一度きっちり布団をかぶせ、目をつぶる。 「あの、先生……迷惑かけてごめんなさい」 「迷惑なわけないよ」  すると突然直貴が、ぐずっと泣き出した。 「せんせ……ぅ」 「どうした? 悲しい?」 「キスは? キスもダメ? 迷惑かかる?」 「……どうしてキス?」 「してほし、寂しい」  とうに毒は回ってしまったのだ、と思った。 「……これは僕の責任かな。ごめんね、苦しくしちゃって」  ちゅ、ちゅ、と、2度額に口づけたら、直貴は満足そうに笑った――内心、これで済んだとほっとする。 「先生優しい。大好き」  ぎゅうぎゅうとくっつきながら、ちょっと唇をとがらせて、ねだるようにしてくる。  僕は気付かないふりをして、目をつぶった。  直貴はぐずぐずと鼻をすすっていたが、やがて安心したのか、僕のTシャツの裾を掴んだまま、眠った。  きっと本当は、うんと子供の頃に、親にこんな風にしてもらいたかったのだろう。  そして、この年頃に噴き出してしまったから、性欲と絡んで、こんな思考になってしまったのだろう。  そう思うと不憫(ふびん)で、つい薄目を開けて、直貴の顔を見てしまった。  普通の子なのにな、と思う。  環境が悪かった、運が悪かったと言ってしまえば簡単だが、彼にはずっとずっと、年老いて死ぬまでの人生がある。  強く生きろと尻を蹴るのは酷だが、かわいそうな子というレッテルを貼ってしまうのもダメな気がする。 「先生、起きてる?」 「起きてるよ」 「さっき、アソコ勝手になめてごめんね」 「何とも思ってないよ」 「どうして俺、こんなことしちゃうんだろ。いつもそう」 「うーん……。そういう行為の時は、みんな必ず優しくしてくれるからじゃない? そうじゃない時は、絶対優しいとは限らないけど。ある意味、手軽なんだよね。そういうのって。でも本当は、優しくされながら傷ついてると思うよ」  さらりとした髪をなでる。 「僕は君をそんな風に、優しいふりして傷つけたくないな」 「先生は普通にしてても優しいのに、エッチしたらどうなるの? 超優しい?」 「自分じゃ分かんないよそんなの」  軽く笑って、もうひとなでする。 「絶対にやめなさいとは言えないけどね。そうじゃなきゃ生きられない時は仕方ない。でも、優しくされながら2倍傷ついてるんだってことは分かって欲しいな。それでいつかは、ちゃんと直貴のことを大事にしてくれる人を見つける」 「先生、2倍傷ついていいからエッチしたい。あとで先生より優しい人見つけるから」 「どうして? 寂しい? おしゃべりじゃ足りない?」 「ん……足りない」  僕の肩のあたりに頬を擦り付ける。  その仕草は、幼児か、猫か。 「そういう行為はできないけど、甘やかしてはあげるよ。きょうはね」 「じゃあキスは?」 「しょうがないな」  傷つけるのだろうな、と、チラリと思いながら、寝返りを打つ。  横向きになって、直貴の華奢な体を抱きしめた。 「ほら、顔上げて?」  切羽詰まった表情で見上げる直貴の唇に、ほんの少し、ふわりと当てた。  直貴は、僕の服をぎゅっと掴む。 「先生、気持ちいい。キス」 「安心できた?」 「んと、もうちょっとして欲しい……です」  側頭部をなでながら、何度か口づける。 「ん、ん……っ、ふぅ」 「ごめん、苦しかった?」 「……ちがくて。なんか、心臓ドキドキしてうまくできない」  瞳を潤ませるこの子が、僕にどんな態度を取って欲しいのか、分かってしまう。  そして僕は、律儀に応えてしまう。 「キス、ドキドキしちゃった?」 「ん。心臓出そう」  教師の残酷なところは、優しさを与えても、最後まで面倒を見ることができないことだ。  でも、それは仕方がない。  ひとりの生徒をずっと見ていられるわけではないし、最初から、卒業とともに無責任に放り出す優しさしか持ち合わせていない。  持ち合わせてはいけない。  でも、いま目の前にズタボロになっている子供に、僕は何も与えてはいけないのだろうか? 「おいで、抱っこしてあげる」  ぎゅうっと抱きしめたら、直貴は目を細めて笑った――初めて、ちゃんと笑ったところを見たかも知れない。 「先生、やっぱりエッチだめ? 勃ってきちゃった」 「うーん……生徒にそういう気持ちにはなれないな」 「さっきみたいになめるから」  直貴は僕の返事も聞かず、ズボンを下ろす。  そしてぱくりと口に含んだ。 「んぅ、……はぁ、んぐ」 「…………なおき、ストップ」  僕の制止も聞かず、好きになめる、吸う。 「……っ、」 「はぁ……、せんせい、きもちい?」  僕は布団をめくり、足の間に丸まる直貴にストップをかけた。 「……ほんとに、これ以上はダメだから。キスはいいけど」 「でも先生、俺、お腹の中きゅんきゅんする」  そろっとたくしあげたTシャツからのぞく腹には、未発達の薄い体に不釣り合いな、赤黒いキスマークが無数に散っていた。 「これ、誰につけられたの?」 「さっき言った女の人」 「……その人は、直貴の体の中にも何かしたの?」 「俺のお尻の中に丸いおもちゃ入れて、それで俺は女の人にちんちん挿れて、セックスした。まあ……そういうことしてくるのは、その人だけじゃないけど」  僕は、はーっと長く息を吐いた。  なんでどいつもこいつも、この子を傷つけるようなことをするのか―― 「先生は、君をそんな風にしたくありません」 「じゃあ……ひとりでしてくる。なんか、エッチな気分、止まんないし。お風呂借ります」  僕は何も言わず、寝転がったまま直貴の背中を眺める。  直貴は無造作に服を脱ぎ捨てながら自分の鞄を探り、ローションのボトルとローターを持って、風呂場に消えた。  ザーッという水音を聞きながら、恩師の言ったことを思い出す。  ――お人好しでは教員はやれないよ  ちゃんと理解していればよかった。  ほんの少しの後悔と、ただ優しくしてあげたい気持ちがある。 「ぁ……あっ」  浴室から、甘ったるい声が響いてくる。 「ん、……あ、ぁ、せんせ……っはぁ」  直貴の頭の中で、淫らな僕は、一体どんな仕打ちをしているのだろう。 「あっ、……は、先生、ぁあっ、ん、んんっ」  僕はたまらず、ベッドから抜け出した。  そして迷わず浴室のドアを開け、ずぶ濡れになるのも(いと)わず、床で四つん這いになり乱れる直貴を抱きしめた。 「ぁ……っ、せんせ、ぁっ」  水音に混じって、一定の振動音が響いている。  直貴は切なげな表情で体をビクッビクッと揺らしており、完全に勃起したペニスは、ヒクヒクと震えている。  僕は、直貴が自ら埋め込んだローターを引き抜いた。 「ぁあっ」 「直貴、ダメだよ、こんなこと」 「はぁっ、は……、出したい、イキたい……っ」 「出したいなら、誰のことも想像しないでして。じゃないと心が傷つくよ」 「んぅ……、せんせ、イカせて、お願い。くるし」  涙目ですがられても跳ねのけるのが、正しい教師のあり方……なはずだった。 「イッていいよ」  素早く上下に擦ると、敏感に体を震わせる。 「あ、イッちゃう、出、でる……ぅ、……っ……ぁあッ、いく、……ぁああッ……!……っ!……ッ……!……あぁ……っ」  ビュクビュクと、長く長く射精した。

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