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第6話
ベッドの上で、壁を背もたれに並んで座る。
直貴はスマホゲームをしていて、僕は読書。
もう1冊買ってくればよかったな、と思う。
読みながら、あしたからどうすべきかを考えていた。
卒業までうちで預かるにしても、こっそりというわけにはいかない。
どうにか、親が介入せずに土日をうちで過ごせる方法……。
「朋之さん」
「ん? 何?」
「キスしたい。いい?」
「……寂しい?」
「そう」
乞われるままに、丸い頬を片手で包んで、顔を傾けてしまう。
小さく唇に触れると、直貴は満足そうに僕の肩にもたれて、またスマホを開いた。
いままでもこんな風に、愛嬌を見せて家主の機嫌をとってきたのだろうか。
瞬間、僕は本当にもう、この子をどこにもやりたくないなと思ってしまった。
この感情は、直貴の身の心配をしてのことじゃない。
他の誰かにこんな風にして欲しくないと思ってしまった。
自分だけにして欲しい、と。
……もちろん、告げてはいけないことだとは分かっている。
「直貴。やっぱり、児童相談所と学校には連絡してもいいかな」
「え!?」
直貴は目を見開き、絶望的な表情で僕の腕を掴んだ。
「やっぱりダメってこと? 施設にぶちこまれるの?」
「違う違う。うちに居られる方法をね、考えてた」
不安げな目で、痛いくらい僕の腕をぎゅーっと握っている。
「勝手に泊めてるとバレた時に問題になっちゃうし、君は連れ戻されて僕は最悪クビかなって考えると、最初から……」
「待って。不安。抱きしめながら言って?」
僕は直貴を横倒しにし、自分もその隣に寝そべって、抱きしめた。
「僕は、君を全力で守りたい。それには、最初から各方面承知の上でっていう方が、都合がいいんだ。ちょっと、直貴にはわがままっ子を演じてもらうことになっちゃうけど」
僕の考えた最善策は、まず、いますぐ児童相談所へ連絡すること。
学校が連携している最寄りの場所へ。
そして、保護していることを伝える。
向こうはきっと施設に来るよう言うが、直貴本人から拒否してもらう。
中学生なら、子供本人の意思が尊重されるはずだ。
そして、月曜朝一で校長に、自宅で保護した旨を報告。
あとは本人にひたすら、親に殴られる、先生のところがいいと訴えてもらうだけだ。
「……という感じなんだけど。いいかな」
「家に帰りなさいって言われない?」
「帰ってまたフラつくよりはマシって言ってあげる」
直貴は自ら唇をくっつけてきた。
「朋之さん、甘やかして」
「何して欲しいの?」
「……エッチしたい。優しくして?」
「そういうことはしなくても、優しくできるよ」
黙る直貴を一旦放って、スマホを手に取った。
「……もしもし、区立四中の木下と申します。はい、お世話になります。お休みのところすみません」
僕には勝機があった。
この、うちの地域を担当する竹本 さんという中年女性が大変話の分かる人で、何でも柔軟に聞いてくれるのだ。
日曜に直通の携帯にかけるのは申し訳なかったが、朗らかにこんにちはと返してくれた。
『何か緊急事態ですか?』
「はい、実はいま、僕が受け持ってるクラスの生徒を自宅で保護してまして。日常的にネグレクトと体罰で、家に帰れないみたいなんです」
腕の中の直貴が、少し震えているのが分かる。
「そうですね。児相で一時預かりという提案もしたのですが、本人が非常に不安がってまして、『先生のところがいい』と。……あ、いえ。僕としては全く構わなくて。独り身ですし。ただ、学校やそちらと連携取りながらやっていきたいなと」
泣きそうに見上げる直貴の頭をなで、スマホを渡した。
「塚原くん。竹本さんっていう人なんだけど、君と話したいって。話せる?」
努めて穏やかに尋ねると、直貴はこくんとうなずいて、スマホを手に取った。
片手は、僕の手を弱々しく握ったまま。
「はい。塚原直貴です。えっと……親の視界に入ると暴力振われるので、外にいます。大体新宿で、大人の人の家に泊めてもらったりしてました。えーっと……そういう施設?みたいなのに行くって言ったら多分親に怒られるので、普通にいままでどおり友達の家に泊まってるフリして、先生のところに居たいです」
自信なさそうに少しやりとりをしたあと、スマホが返された。
電話の向こうで、竹本さんが尋ねる。
『普段と比べて、いまは情緒はどうですか? 冷静に話せていますか?』
「不安げではありますが、取り乱したりはしていません。元々受け答えがしっかりできる真面目な生徒ですので」
『簡単に保護の経緯だけ教えていただいていいですか?』
「男性数人に追いかけられて逃げているところを、偶然。頭からビールをかけられていて、体罰のある家に帰せる状態ではなく」
竹本さんはちょっと沈黙して考えたあと、ほんわりとした声で言った。
『分かりました。では、校長先生も交えて話し合いましょう。木下先生のところで預かる方向性でいきますね』
「すみません、よろしくお願いします」
電話を切ると、直貴は腕やら足やらを絡めてきた。
「なんて言ってた?」
「校長先生とも話して、僕の家で預かる形にできるように、交渉してくれるって」
「……そっか。なんか、みんな優しい。早く学校に相談すればよかったのかな」
「ううん、いいんだよ。直貴は悪いことひとつもしてないんだから」
直貴は、すんすんと僕の肌の匂いをかぎながら言った。
「土日だけじゃなくて、平日もずっとここにいたいな」
「本当はそうしたいけど、それは難しいかな。無理のない方法を取った方が、結果的に安心して暮らしてもらえると思うから、これで納得してくれる?」
「うん。分かった」
眉根を寄せて切なそうに微笑む直貴は、無理に、物分かりの良い子供になろうとしているように見えた。
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