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第8話
翌日月曜、放課後。竹本さんも急遽予定を合わせてくれて、四者面談になった。
土曜日の状況、いままでの生育歴等をまとめて話すと、まず校長は直貴に深々と頭を下げた。
「いままで気付いてあげられなくて、申し訳なかった。塚原くんのご両親には行事で何度も会っていたのに……」
「いやっ、あ、謝らないでください。うちの親、外面はまともなんで、誰も気づかないですし」
竹本さんが言うには、虐待家庭ではそういうケースも多々あるのだそうだ。
対外的には一般的な親の務めを果たしながらも、全く愛情を注いでいない、持ち合わせてもいないような――
「塚原くんは、どうしても施設は嫌かしら? テレビで見るような雑然とした酷い場所ではなくて、同年代のお友達もいるし、サポートしてくれるお兄さんお姉さんもいるけど」
直貴はチラリとこちらを見たが、僕は何の反応も示さなかった。
あくまでもこれは、『彼の希望』でなければならないから。
「……まず、友達に施設に住んでるって思われるのが嫌です。それに、親に連絡が行くのも無理です。フラフラしてる延長で安全な他人の家っていうのが一番気が楽で、だから、木下先生には申し訳ないんですけど、卒業まで居させてほしいです」
「僕の迷惑とかは考えなくていいよ」
校長は険しい顔で考え込んでいる。
竹本さんは、ほんわりと笑った。
「先生が、というのは初めてですけど、ご家族に分からないように第三者の家に、里親さんのような役割で一定期間保護というのは、区内で前例がありますよ」
校長は、一条の光を見たかのように「おお」と声を漏らして、竹本さんの方を向いた。
「学校側はどのように対応していましたか?」
「里親さんとは週に2~3度電話で連絡を取っていただいていて、まあその辺は先生なら問題ないですね」
「ご家族とは?」
「触らぬ神にたたりなしです」
竹本さんはにっこりと微笑んだ。
「こういうケースでは、お子さんの身の安全を第一に考えます。形式にこだわって親御さんに連絡をして危険になるのでは、本末転倒です。なので、知らんふりをしてください」
直貴は、おずおずと手を挙げた。
「あの……もし、自分が木下先生の家にお邪魔してることが分かっちゃった場合って、どうなるんですか?」
「うーん、お父さんお母さんとは話し合いになるけど、木下先生が何か罰を受けるとかはないから大丈夫よ」
「いままで関心なかったのに急にとかないと思いますけど……」
「ううん。全力で取り返しに来るかも知れない。世間体を気にしてる親御さんに多いのよ。世話はしないけど取り返しに来るの」
不安そうにする直貴を抱きしめてやりたがったが、それは次の金曜の夜まで我慢だ。
直貴も分かっているようで、ぐっと耐えている。
校長は人好きのする笑顔で言った。
「他の先生や生徒には絶対に秘密にするよ。教頭先生にも言わない。絶対に秘密は守るから、何か困ったことがあったら遠慮せずに相談しなさい。校長室に直接来ていいよ」
「あ、ありがとうごさいます」
声が震えていて、いまにも泣き出しそうだった。
彼は気付いただろうか。
こういうのが本当の『優しさ』だということに。
「平日は家に帰ります。でもたまに機嫌が悪いと意味もなく追い出されたりするんで、そういう時は……」
「うん、いつでも連絡して」
公然と、周りの協力を得ながら、不法行為 をする環境が整おうとしている。
これが直貴のためになるのかは分からないが、僕は僕で、やれることをやりたい。
恩師が言った『毒』というのは、きっとこういうことなのだろう。
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