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第3話 ヘッドライト

「大丈夫か。」 俺に覆いかぶさる遼太の後ろから知らない男の声がした。 田舎は歩く人は少なくとも、自動車は多く走り、変化の少ない日常に異変があるとすぐ目立つ。 歩道に倒れた二台の自転車、その横のなぎ倒された群生した百合、その中にいるもつれ合っている学生。 何もない日常の中の異変として捕らえた通りがかりの人に見つけられてもおかしくはない。 キスをしていたようだが服は脱がされてはいない、適当にごまかした。 遼太の後ろにいる心配しているか下世話な好奇心を満足させようとしているか分からないオジサンに返事をした。 「少しモメてて…、もう大丈夫です。」 「そうか、もう暗い早く帰りな。」 オジサンが去っても何故か俺の上に乗る遼太を体を起こしてどかした。 また顔を触って来こようとしたので叩き落とした。 「なんだよ…。」と呟く遼太を置いて、倒れた自転車を起こし一人て帰った。 別に遼太が悪いワケではないが、突然『抱かれたい』とか『セックスしたい』とかいう気持ちが急速に冷めた俺は、彼との接点を断とうとした。 こんなに気持ちが冷める自分に驚いた。 人気者の遼太を一瞬でも振り向かせた事に満足と達成感があった。 その後に俺の心にわいたのが嫌悪感、男に純潔という言葉は似つかわしくないと思うが、これ以上は踏み込んで欲しくないと思った。 分かり過ぎるくらい距離を置こうとしているので当然なのだが、バカな遼太にもバレた。 同じ学校、同じクラス、帰る方向も同じなので接点を断つのは難しいが、出来うる限りの事をして会わないように話をしないように頑張っていたのだが、捕まって問い詰められてしまう日が来た。 海沿いのトンネルを抜けなければ家に帰れない俺、そこで待ち伏せされたら逃げようがない。 遼太が取り巻き達と談笑している隙に急いで帰宅していたのだが、その日は委員会活動で遅くなったしまった。 念の為に結構な時間を潰してから帰っているのにトンネル近くのガードレールに見覚えのある人影が見えた。 自転車を止めて引き返そう、街灯も少ないし多分俺の姿ははっきりと見えてはいない、携帯を見ている人影は俺がここにいる事を気づいていない。 見覚えのある人影を確認した。ガードレールに腰掛けて携帯を覗く学生服の男、街灯に照らされてか茶髪が若干金色に輝いている。携帯の光に照らされている優し気な垂れ気味の目、何か楽しいメッセージでも入っているか笑っている口元、均整の取れた長い手足、存在するだけで無条件に愛される形…。 間違いない、間違えようない遼太の姿だった、冷や水を浴びせられた気分になった。 俺を待っていると思うのは俺の自惚れかも知れないが、会いたくないものは会いたくない。 引き返して、すごい遠回りして帰ろうと思ったその時トンネルから出て来た自動車の走る音に顔を上げた遼太が、ヘッドライトに照らされた俺の姿を見つけてしまった。 遼太が自転車に飛び乗り俺の方へ向かって来た。 自転車で全速力で逃げ切る選択肢もあったが、遼太を避ける生活が煩わしくなっていた。 遼太はバカだから説明しないと分からないんだと思った。 分かり過ぎるくらい距離を置こうとしているのに。 普通だったら嫌われてるって空気を読むのが当たり前なのに。 自分は嫌われるワケが無いとでも思っているかもしれない。 拒絶を口にするのは面倒で心が痛む、どうかしていたとは言えバカな事をしてしまった。 息を切らせながら俺に問いかける。 「友也、俺なんか悪いことしたか?なんで避けるんだよ。」 「別に、悪い事はしていないけど俺に関わらないで欲しい。」 「なんで!!」 「そういう気持ちになった。関わらないで欲しい。」 「ん?どういうこと。」 「別に俺が居なくても、遼太は友達に不自由していないんだから、そっちで楽しくやればいいだろ。」 「この間のことは?」 「どうかしていた、忘れて欲しい。」 「忘れろって…。」 「別に遼太を好きな女の子はたくさんいそうだし、俺に拘る必要もないだろ。」 「まあ…、そうだけど…。」 「たまに勉強だったら教えてあげてもいいけど、それ以外は関わらないで欲しい。」 「…ん…?あ、ちょっと待てよ、友也は俺が好きとかじゃないのか?」 「好き…?好きだったような気もするけど、今はそうでもない。」 「今はそうでもないって…。」 何か困ったような顔をする遼太に聞いてみたくなった。 「俺が遼太を好きでも困るだろう?同じ男だし。」 「ん…そうかな…。」 「俺もそう思う。」 「…ん…ん?…ん…??」 同意しながら何故か悩む遼太、とりあえず言いたいことは言ったから帰ろうと思った。 もう夕方ではない車道の奥に広がる海は青くはなく夜空の色を映した黒色。 街灯があるとはいえ薄暗く人気もない、男の身でも怖い。 遼太が何か言うのかと待ってみたが唸るだけなので「帰るね」と言って自転車を進めようとしたら腕を掴まれた。 遼太が首を傾げながら言う。 「俺が友也を抱きたいとを思っている?」 「何それ、疑問形か。」 「分からないけど、そういうことだと思う。」 「もう俺には、その気は…。」 言いかけた所で唇を塞がれて、間が悪い事にトンネルから出来た自動車のヘッドライトに強く照らされた。 通りすがる自動車からクラクションの大きな音。 知り合いだったら困る…。 俺が逃げるから動物的に追いかけたい衝動にかられただけかもしれないバカな遼太。 気持ちは冷めているのに付き合うことになった。

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