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第14話 聖夜
普通にクリスマスが来てイベントが好きな母が例年通りに家族クリスマスパーティ的なことをしようとしている。
俺が高2で弟が中1…、無邪気に喜ぶような年でもなくなっているし、兄弟仲も悪いので妙な緊張感がある。
いつもより豪華な食卓とクリスマスケーキ、「私、頑張った」という顔の母は今日は機嫌が良さそう。
父はこの間の夫婦喧嘩から全くこちらへは来なくなってしまった為、三人で食事を始めるが弟は好きなものを食べたらさっさと自室へ籠ってしまった。
上機嫌だった母の顔が曇り始める。俺までも席を立ってしまうと可哀想なので、母と二人でクリスマス料理を囲むことになった。
遼太から、クラスメイトが集まってファミレスでクリスマスパーティやるから来いよと誘われてはいたけど、クラスメイトと仲良くないっていうか全然話もしてないし行っても浮くだけだから断った。
まあ、母がクリスマスケーキ予約していたし「俺、クリスマス予定あるからさ」とか言えない…、言っても良い年齢かな?
チキンを齧っていたら、ポケットに入れていたスマホがバイブを始めたので一瞥し止めたら、何故か母が怒っている。
「あたしなんか気にしないで、電話に出たら?」
「電話じゃない、友達からメッセージ来ただけだよ。ごめん、電源切るから。」
メッセージは遼太からのいつも届く内容があるような無いような軽いもの、電源を切っていると俺がスマホを弄っていたのが気に食わないのか文句を言い出した。
「…全く、どいつもこいつも、あたしのコトを全然大切にしない。あたしはこんなに頑張っているのに誰も褒めやしない。あたしが居るからキレイな生活出来てるのよ!!感謝しなさいよっ!!」
「ごめん…、本当にごめん、今日のゴハンとっても美味しいよ、楽しく食べようよ、ねっ?」
俺がなんとか宥めて落ち着かせようとしても自分は蔑ろにされていると叫び罵声が止まらない。
せっかくのクリスマスケーキを引っ繰り返そうとしたので手を掴んだら、早々に部屋に籠った弟に向けて嫌味たらしく叫ぶ。
「クリスマスケーキいらないよね、いらないから部屋に籠ってるんだよね!!捨てるからね!!」
待っても弟は部屋から出て来る様子が無く、美しく幸せな形をしていたケーキは無残に潰された。
どうしてこの人はこんなに気性が荒いのだろう…、見目形は美しいのに…。
母に失望しているか、うまく母の機嫌が取れない自分に失望しているか口から溜息が漏れた。
憎悪の気配と怒りと憎しみが混じった声が耳に入った。
「アンタはあたしをバカにしている…、ちょっと頭がいいからって、いい気になるんじゃないわよっ!!」
…バカに?いい年なのに母は子供っぽいとは思っている。でも直接見下した態度は取っていないはず。
「バカになんてしてないから。」と言い返すと「だったら何よ、この髪はっ!!何度もみっともないから切りなさいって言ってるのに全然言う事きかないじゃないっ!!」と俺の髪の長さについて責め出した。
確かに長くはなってはいるけど肩まで届いているような長さではなく襟首のところは短く刈っている。
母の理想の男の髪型は全体的に短くなっているベリーショートなのかもしれない。
それは分かっているけど…、とりあえず落ち着かせなくては、不毛な会話は終わりにしたい。
「明日、ちゃんと短く切ってくるから。」
「嘘!!いつも全然切らないで帰って来るじゃない、本当みっともないのよっ!!格好悪い!!気持ち悪い!!」
責める口実を見つけるとひたすら暴言を吐いてくる母、責められる隙を作った俺が悪いのかもしれない。
俺を卑下する言葉が何順も繰り返される、解決策を言ってくれれば従うのに。
この人は俺を一体どうしたいんだろう?単に罵声を浴びせてストレス解消しているのかな?
同じ話しが何度もループし終わりが見えなくて、うんざりし始めると引き出しから裁ちハサミを持ってきた。
椅子に座っている俺の髪を掴みハサミで切ろうとしてくる。
さすがに適当に切られては敵わないから抵抗したが、怒りで理性が飛んでいるのか躊躇いもなく重く大きい裁ちハサミを振るってくる。
ハサミの冷たい鉄が頬を掠めて、これ以上の抵抗は危険と判断した。
ジョキジョキという音ともに指一本分くらいの長さの髪がバラバラと膝や床に落ちて来る。
暫くして「これくらいが、いいのよ」という声で、やっと解放された。
母や美容師でもないから多分酷い状態で学校があったら行けない。冬休みに入っていて良かった。
荒れた食卓、髪が床に散乱している。言葉を発するのも面倒になり黙る俺に謝罪することもなく母は部屋を出て行った。
一人片づけをしているとリビングと廊下を繋ぐガラス扉から弟が俺の様子を見ていて、目が合ったが扉を開けて入って来ることもなく居なくなった。
遼太は俺が「家庭に疲れている」と言ったら「面白いコト言うな」と言ってたけど、見せてあげたいウチの家庭が本気で荒れていることを、嘘じゃないってことを。
こうなるんだったら、浮いてでもクリスマスパーティとやらに行けば良かった。
自室に戻って鏡を見ると酷い状態で、美容室で直してもらうのも躊躇うほどだった。
時刻は夜9時になろうとしている、楽しく過ごすのが当たり前なはずのクリスマスなのに何をしているんだろう。
玄関の隣にある俺の部屋、窓の外から雪を踏む足音が聞こえ、今更、父が母のご機嫌伺いにやって来たのかと思った。
コンコン…
窓がノックされて、父が母の様子を俺から聞いてから家に入ろうとしているのかと思い無視していたら、何度もノックされて苛立った俺は「俺に聞かなくても勝手に入れよ、自分の家なんだから」と吠え勢いよく窓を開けた。
窓を開けた振動でバサバサと雪の塊が屋根から落ち、「うわ」と言いながら雪を払う人の姿に見覚えがある。
…遼太?
目が合って俺も驚いているが、遼太も驚いてる。
俺の「なんでここに?」と遼太の「どうしたのその頭」の言葉が重なり、遼太の問いに答えた。
「親に伸びすぎているから切られた。」
「顔も傷ついてるけど、ケンカしたの?」
「……遼太には関係ない、それよりなんでここにいるの?」
「俺はプレゼント渡そうかと…、いや、関係なくもないし!!」
そういうと窓枠に片手をかけて残った手で俺の腕を掴み真剣な顔で言う。
「逃げよう、一緒に逃げよう。」
…やっぱり遼太はバカだな。
こんな寒い雪の日に、どこに逃げるのか。
夜で暗いし、これからもっと寒くなりそう。
俺の姿が哀れで可哀そうに見えたのかな?
同情されるなんて、すごく嫌。
それよりも自分の目からパラパラと涙が落ちてくるのが、すごく嫌。
掴まれた腕の勢いのままに俺は逃げることにした。
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