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第32話 バレンタイン② 不要な告白

「友也を漁師にしたいのかっ!?」 突如始まった漁師VS農家の熱い言い争いに、市職員の息子の俺は口を挟むことが出来ない。 日本の食を支える人達は生きる気合が違う。 バレンタインデーと言うイベントに巻き込まれている俺。 昼休みの生徒会室の中、顔を紅潮させているのは俺に告白を決行した生徒会副会長の女の子。 女の子からの告白に通常の男なら喜び歓喜するものだが、そうはいかない、何故なら俺には付き合っている男がいるから。 突然の「好きです!」という告白に当たり障りのない言葉を言いたいが思いつかない。 告白する側は結構スッキリするもの、言えなかった言葉を口に出せるから。 俺も「お前に手折られたい。」とかトチ狂ったことを遼太に口走った瞬間はスッキリした、後で後悔したけど。 告白される側になったことは何度かある、自分を認められて嬉しいことは嬉しい、ただ、その後はどうするのかが分からない。 俺は昔から人との関わりを避け気味だから、当然あまり話しもしていない人から告白を受けることになる。 あまり知らない人から告白されるのは怖い、俺をどうしたいのだろう? 小学校から中学卒業まで同じ女子から年中行事の様に告白をされていた過去が頭を過ぎる。 積極的に絡んでくるタイプじゃない同級生の大人しい女子、関わっていないのに毎年毎年継続される告白が苦痛で怖かった。 「ありがとう」と一言言って返事を済ませていたけど、その後の気まずさが半端ない。 俺から何かしなくてはいけない雰囲気が漂うけど、その子のことをあまり知らないし、嫌いではないけど好きでもない、告白を機に関心を持って好きになる努力をするのも面倒。 ああ、大人しそうに見えて酷いヤツなんだよ俺は。 こんな酷い思考しか持っていない俺に告白をしないで欲しい。 気まずい時間が結構経ってしまった。 「ありがとう」と言って流すべきか「ごめん」と言って拒絶するべきか。 「ありがとう」と言えば期待を持たせてしまうし、「ごめん」と言えば傷つけてしまうのかな? それとも「好きです!」は深い意味の好意ではなく、軽い好意の現れなのだろうか? 深読みするな俺、軽く流そう、「ありがとう」と言ってチョコを受け取れば良いはず。 「ありがとう」と言いかけてチョコを受け取ろうとした瞬間に勢いよくドアが開かれて、遼太がガサゴソと音を立てて飛び込んで来た。 「うぃ――っす!!待ったぁ?友也、一歩進むごとにチョコ貰いまくっててさっ!あれっ!」 また、時が止まった。 赤らむ副会長からチョコを受け取ろうとする俺と多量のチョコを抱えて飛び込んで来た遼太、この状況はなんなんだろう、すごく気まずい。 告白の場に割り込んできている遼太が空気を読まずに副会長の肩をバシバシ叩きながら言う。 「副会長のカトちゃんっ!友也に義理チョコ渡しにきたんだ、真面目ちゃんだなっ!」 「義理じゃないです、本気なんです!」 「本気?マジかっ!!…えっ?マジかっ!!マジでっ!!」 「はい、会長には将来的に私と一緒に網元稼業を継いで貰いたいと思っているんですっ!!」 「カトちゃんの家って漁師…、友也を漁師にしたいのかっ!?」 …網元とは漁業関係者の親玉を意味している、俺を漁師を束ねる親玉に据えたいのか? 漁船に乗せられてゲロゲロと船酔いしている俺の姿が目に浮かぶ。 無理…、海の男なんて俺には無理、もっとゴツイ男を狙えばいいのに。 ちょっと待て、バレンタインの告白が何故か結婚前提の話にまで進んでいる。 遼太が俺の両肩を掴み垂れた目を熱く燃やしながら力強く言った。 「友也、漁師より農家の方が良いぞ、新鮮な野菜が食べ放題、しかも俺のウチは葡萄棚もあるしメロンも出荷している。」 「会長!命を懸けて夜明けを待たずに海に向かう!ロマンを感じませんか?朝食は獲れたての海の幸ですよっ!」 「友也っ!早起きして手間と時間を掛けて育てた作物を眺めるのは気持ちいいぞ!働いた後の朝飯はうまいししっ!」 俺を挟んで漁師VS農家の言い争いが始まり、二人がギャアギャアとモメ出した。 美味しいご飯は魅力的だけど、早起きが俺には無理。 遼太が張り合ってどうする?農家の嫁なんて性別的に無理。 何か熱いよ、この二人はっ!継ぐべき稼業がある若者は市職員の息子の俺とは生きる気合が違う! 過熱する二人言い争いに狼狽えることしかできない俺。 「農耕民族の三田書記!!会長を名前で呼ばないで下さいっ!」 「狩猟民族より農耕民族が安定しているんだよ!友也を呼び捨てに何が悪い!友也は俺の…、ぐごおっ!!」 「友也は俺の…、」後が「友達」以外の言葉が飛び出したら困るので慌てて遼太の口を塞いだ。 どうしたら良いのか、どう納めれば良いのか。 副会長は真面目な人っぽいから無下に出来ない、なるべく正直に言おうと思った。 「副会長、好きと言って貰えて嬉しい…。嬉しいけど副会長のコトはあまりよく知らない。知らないから好きという気持ちを受け取ることしか出来ない。」 「私が会長の事を好きだって事を分かってくれただけでも嬉しいですっ!私の事をもっと知ってもらって好きになってもらう努力をしても良いですか?」 「…うん…?、そうして貰えると助かる…?」 そう言うと俺にペコリと頭を下げてポニーテールを揺らしながら生徒会室を出て行った。 まずいポジティブ系な人だ、嫌な予感しかしない。 「むごごごぉぉぉぉっ!!」塞いだ手元から奇妙な声が聞こえて遼太の口を塞いだままだと気づいた。 俺が告白されていたのが気に食わないのか遼太の垂れた目が若干怒っている、別にモテる為の活動をしていたワケじゃない、目を反らしたら怒り気味の声が聞こえてきた。 「付き合う気が無いなら、ちゃんと断った方がいいぞ…。」 「付き合うとは言ってないし、キツイ事を言うのも可哀そう、同じ役員だから気まずくなるのも困る。」 「へぇ…、優しいな…。」 本当に優しかったら二つ返事で告白を受けている。 「お前に手折られたい。」とワケが分からない俺の告白を受けた遼太の方が全然優しい。 平穏を楽しんでいたのに面倒くさいことになって顔が曇る、遼太が多量に運んで来たチョコの箱が作業テーブルの上を埋め尽くしているが目に入った。 遼太は面倒くさくないのかな?こんなに好意を向けられて、どう対処しているのだろう? モテる人の処世術でも聞いて見るかと顔を上げたら、「気に食わないな」と呟かれ、作業テーブルの上に押し倒された。

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