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第1話 ムーンライト・ブルー

「あら、今日は懐いているのね。」 雇用主と会場に入った俺は華やかな薄紫のドレスを身に纏った婦人に声をかけられた。 11月も半ば初冬の時期、無理矢理着せられた異国の姫君が着る衣装は美しいけど防寒の機能がなかった。 布は胸部と腰から太ももの上部までしかない。後は薄く透けてるレースを羽織っているだけ。 身を飾り立てる黄金と真珠の装飾が冷たく重い。 不本意極まりないが、寒さをしのぐ為に今日は雇用主の腕を抱いている。 王都イルハン郊外のシュミット伯爵の別荘。 秘密裏に開催されている貴族達の悪趣味な会合に俺は同伴している。 貴族達は自身が飼っている愛妾同伴し、その美しさを競う。 または、愛妾の交換、金銭による譲渡が行われる。 俺の現在の雇用主ドーマー男爵が上機嫌で答える。 抱いていた腕は肩に回され密着度をあげられた。 「今日はじゃないよ、いつも仲良しなんだよ。」 婦人がレースで縁取られた扇子を口に当てて笑う。 「あら?この間はお散歩中のワンちゃん並みに離れていたじゃない。」 人前でベタベタくっつくのは嫌いなのでいつもは距離を置いている。 そんな態度をさせない為に薄着をさせられたことにやっと気づいた。 男爵が首輪から垂れ下がる鎖を手に取っておどけてみせる。 「うーん。あの時は鎖の調子が悪かったのかな?」 婦人が俺に顔を近づけて来た。 「えっと、ブルームーンちゃんだっけ?ムーンライトだったかしら。」 男爵が訂正する。 「ムーンライト・ブルーだよ。」 もちろん本名ではない。雇用主が変わる都度名前も変わる。 瞳が碧い事から青にちなんだ名前が多い。 長すぎて呼びにくいと毎回思う。 「ムーンちゃんでいいわ。もう少し大きくなって男爵が飽きたら私の所に来てね。次は私が可愛がってあげるわ。」 所有欲と独占欲を満たされた男爵は上機嫌だ。 大きい腕で抱きすくめられる。装飾品が素肌に当たって冷たいし痛い。 「ダメダメ。大きくなっても飽きないから。」 婦人の白い手袋に包まれた指が俺の頬をなでる。 「深い碧色の瞳、濃い金の髪、陶磁器のような白い肌、今は少女のようだけどきっと素敵な青年になるわ。」 「奥様。」 婦人の後ろにいる長身の美青年が声をかけた。 彼も首輪をしてある。この婦人の愛妾・愛玩動物。 「ああ、ごめんなさい。ロバートのこともちゃんと好きよ。妬かせてごめんね。またね、ムーンちゃん。」 ざわめく会場の中、婦人は青年の腰を抱き笑顔で去っていった。 男爵に促されて座った場所は窓の近くに置いてある豪華なソファ。 深紅のベルベットの生地が触れている所は暖かいが、窓辺なので寒い。 肩まで伸びた髪が首元を暖めてくれる。 横に座る男爵が葉巻をに火をつけて横目で見る。 煙を吐き出し艶やかなバリトンの声を出した。 「もしかして、寒い?」 若干目が笑っている。 三十半ばの男爵は黒い髭を蓄えた美丈夫という風体。 俺に薄着をさせておいて自身は厚手の衣服を着ている。 今日はいつにも増して上機嫌だ。 自身が仕組んだ罠にまんまと嵌った俺が面白いらしい。 「別に。」 不機嫌が態度に出る。 もういつ売られたのかも思い出せないけど、未だに慣れない。 本来なら愛玩動物らしく愛想の一つでも振りまくところ。 男爵が近くにあるソファを指さす。 「俺の膝に座れば?ほらあの子達みたいに。」 嬌声を上げて楽しそうにしているどこかの貴族と愛妾たちが目に入った。 すごく笑っているけどあの子達は本当に楽しいのだろうかと不思議になる。 俺には出来ないことだから目を背けた。 男爵がうつむく俺を覗き込んで笑う。 「まあ、そういう所がいいよ。そろそろ俺のお楽しみが始まるから、もう少し付き合ってよ。」 白いドレスを着た少女達を引き連れたシュミット伯爵が会場に入って来た。 主催者の入場に会場が騒めき一様に挨拶をする。 男爵の顔から笑みがこぼれる。 「ああ、来たね。今日も楽しいよ。」 雇用主の楽しみの為にここにいるのは分かっているけど、 俺は早くこの寒さから解放されたいと願うばかりだった。

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