86 / 86

第85話 木綿のヴェール⑩ 集会

世界のおさなる 神のめぐみ… 聖歌隊の美しい歌声と共に幕が上がった――― 夕刻を迎えた教会前の広場にはザザデルドに住まう人達が全て集まったのかと思うほどに、たくさんのたくさんの人達が集まっていた。 「ドルナード、君は可愛らしく微笑んでいれば良いからね…」 木組みの舞台の影から集会に集まった人達を覗いていると木綿のヴェール越しに先生が僕の額を撫でた、緊張で震えが止まらない僕、天使の衣装を着こんでいる先生の顔はいつになく優しく微笑んでいる、舞台映えがするようにと化粧を施している、元々美形な人ではあるが蝋燭の炎に照らされた肌が艶めかしく見えた。 今日はザザデルド教会の集会の日、月に1度催されていると聞かされた、神への信仰を高め、ザザデルドの人民の団結を強固する祈り日らしい、教会には居るけど神を信じていない僕、祈った所で願いなど叶わないのに何故集まるのかが不思議に思えた。 バン!! 背中を強く叩かれて振り返ると悪魔の衣装を着たリオン、褐色の肌を見せつかるかのような露出の多い衣装来ている、「悪魔は黒いからな!、おいらの為の役だよな!」とか言ってたけど、黒い服を着れば良いのではないのだろうか?、直視出来なくて目を反らす僕にグイグイと顔を近づけて来た。 「緊張すんなって、歌はおいらが歌うし、ドルは何となくそれっぽい感じにしていればいいからなっ!」 僕の名はドルナードだけど長いからとドルと呼ぶようになったリオン、僕は白いヴェールを被って少女の服のを着ている、集会の催し物の歌劇でイルハン王国創設の逸話に出て来る少女役をする事になってしまったのだ、神の鉄槌が堕ち滅びたゼロビア国から一人助かった少女は天使と悪魔を従えてイルハン王国を築き上げたと言う、このイルハン王国は天使と悪魔に愛された国らしい、しかし現在は悪魔を崇拝する事は禁じられている。 緊張と不安で俯いている僕にリオンが「ほら、ちょっと口を開けて見な!」と促した、口を開くと「ぜんぜん、大丈夫~!、ドルはがんばるぜぇぇ!!」と口を閉じたままで僕の声音真似をした、「あは、本当にドルナードが話しているみたいだね、まあ、ドルナードは大人しい話し方なんだけどね」と笑う先生、和やかな雰囲気で僕に安心を促しているとは言えど田舎育ちで人目に付かない様に生きて来た僕の緊張は解けない。 リオンが褐色の腕を僕に絡め耳元で「大丈夫だって!」と僕の声で囁いて来る、腹話術と言うらしい、リオンは口元を動かさずに話したり歌う事が出来る、老若男女の声、動物の鳴き声、水の音、木々のざわめきさえ口から発する、「ほら、大丈夫ってドルも言えよ、大丈夫になるから!」と言われ絞り出すように「だいじょうぶ…」と言った。 「ドルナード!、頑張れ!」と先生が僕を抱き上げると「おいらも頑張るから抱っこしてくれ!」とリオンが先生に飛びついた、「二人を一緒には重いけれど、私も頑張ろう!」と抱き上げた所で怒り散らした様子の司祭様が駆け寄り僕達に吠えた。 「カルネラ、何を遊んでいるのだ、そろそろ幕を上げる、早く法衣を羽織れ!、お前たちもだ、始めは皆で聖歌を歌い上げるのだからな!」 「あはは、はい、はい、すみません、司祭様」 「はい、一度だ!、まったく幾つになってもヘラヘラと人前で笑いおって!」 「ふふ、笑っている私が好きだとおっしゃったのは…」 「―――っっっ!!、急げと言っておるのだ!!!」 急ぎ衣装の上に羽織った法衣、気づけば修道院の皆が舞台袖に整列している、教会を背に三日掛けて組み上げた大きな舞台、近づく夜闇を照らす幾本もの蝋燭に火が付き、教会の鐘の音が高らかに響いた時、民衆の歓声と共に幕が上がった。 世界のおさなる 神のめぐみ 平和をあいする 民にあれや さはあれ真理を まもるひとの 平和をもとむる おもいつよし… … … 聖歌隊の清らかな歌声が始まると歓声が止んだ、胸を張り誇らしげに歌う少年達の端に隠れる様に並ぶ僕、先生に聖歌隊へ入る様にと促され練習に参加はしていたが僕の喉からは華やかな高音と真逆の野太い声しか出なかった。 二節目に入るとリオンが一歩前に出て広場の奥まで届くような伸びやかな声を披露する。 傷つきらおるる いくさびとの いまわのさけびは 今もこゆ はたらきびとらも いよよたかく 平和のうたをば ともにうたう… … 聞きほれる観客に先生が「皆も共に歌おうぞ!!」と号令を掛けるとザザデルド教会の修道士達が一斉に舞台へ登り重く力強い声を響かせ、観客も熱狂のままに歌い始めた。 神よ、すみやかに あたえたまえ、 平和とあいとの きよき朝を… … 神よ、すみやかに あたえたまえ、 平和とあいとの きよき朝を… … リィィィィィィィィィンンン… 舞台端に立つ先生がハンドベルを鳴らす、少しずつ歌声が小さくなり豪勢な神服を着込んだ司祭様が舞台の中央へ歩を進めた。 、 「ザザデルドの皆よ、日々生きる為に努力を重ねている皆よ、神は皆の尽力を全て御覧なっておられる、そして神は皆を愛しておられる、いつの日か皆が向かう天の国への扉を開けて待っておられる、善行を積み重ねられよ、苦しむ者、悲しむ者へは手を差し伸べようぞ、喜びは分かち合おうぞ、神は皆を愛しておられる、神の愛に応えようぞ ! !」 司祭の言葉に割れるような拍手と喝采、「司祭!、この前も同じ事を言ってたぞ!」と野次が上がり笑いが起きたのは教会と民衆の距離が近いからだろうか、手を振る司祭もにこやかだ。 リィィィィィィィィィンンン… 主われを愛す 主は強ければ  われ弱くとも 恐れはあらじ わが主… … … ハンドベルを合図に何篇もの讃美歌が合唱され、濃くなる夜闇とは反対に舞台を照らす灯が強くなって行く、そして一幕目が終わった。 一幕目は讃美歌、半刻ほどの幕間を挟み、二幕目はイルハン王国伝承の歌劇が始まる進行になっいる。 法衣を脱ぎながら僕の元へ駆け寄ってくる先生、失敗しないかと不安で押し潰されそうな僕とは裏腹に笑顔を輝かせている。 「さあ、ドルナード、私達の出番だ!」 人を楽しませたり喜ばせるのが好きだと言っていた先生、僕は先生を喜ばせる為に頑張りたいと思った。

ともだちにシェアしよう!