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 掴んでみれば、彼女の腕は予想通り折れそうなほど細かった。  教室に口笛や歓声、嘲笑が飛びかう。  「やめっ……!」  力任せに引き寄せて抱き締めると、小さな背中がびくりと震えた。  近付くと、耳元でジルコニアのイヤリングが控えめに輝いているのに気付く。  「先生、今日彼氏とデート?」  ぎくりと硬直する身体。分かりやすい。  「いいじゃん、先生まだ若いもんね?  けどさぁ」  細い腰のラインをなぞるように指先を踊らせると、ひゅ、と息を呑む音が聞こえた。  「……学校でイヤリングなんか着けちゃ駄目だよ。俺らだって、男なんだからさ。  こんなお洒落なんかしてたら――」  耳に唇が触れるすれすれのところで、笑う。  「犯すよ」  体を離してやると、先生はそのまま床にへたり込んでしまった。  耳まで真っ赤にして瞳孔を開いて、物凄い顔をして。  腰が抜けたのか、彼女はしばらく放心状態でいたが、ふっと我に還ると激怒の表情を浮かび上がらせる。  そのまますっと立ち上がって、教室を飛び出していった。  瞬間、教室がドッと沸き立つ。  「如月やっば」  「もう先生ガッコ来れなくなっちゃうじゃん~」  「俺ナミちゃん好きだったのに!」  「如月と一緒にレイプしに行けば! レイプ!」  前の席に座っていた男も、ムカつくほど純粋な目でおれを見ていた。  「きぃくんやっぱ面白~! つーかマジかっけぇー。ナミちゃん絶対濡れたわ、アレは」  その言葉でまた、飼育員がいなくなった動物園に馬鹿笑いが響く。  『こうしとけばウケがいいんだろう』ということをやれば、猿やチンパン共は思った通りの反応をとるから簡単だ。  簡単で、しょうもない。  聖人ぶった教師だって、自分の身に危機感を覚えたら尻尾を巻いて逃げ出す。  悪いことじゃない。それが弱い人間の防衛方法だ。  あの可愛い先生だって、もうこんな肥溜めみたいな所には来れないだろう。  皆どうしようもない。しょうもなくて、何にもならない世界だ。  「なぁ、きぃくん最高!」  ゲラゲラと笑う男に、おれは鼻で笑って返すだけだった。 ・・・  ところが。  「それでは、今日はレッスン4の続きから始めます。まずCDを流すので、よく聴いてください」  クラスの大半の予想に反して、ナミ先生は次の日からも教壇に立った。

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