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 「聞こえなかったわ。今、なんて?」  「帰れっつったんだ。今のは聞こえたろ」  「は?」  強引に押し返そうとしてきた師走の腕を掴むが、すぐ振り払われる。  「意味わかんないんだけど。いきなり何?」  「今すぐ帰れ」  何だコイツ、と思いながらこっちも食い下がると、苛立ったように舌打ちされた。  「お前の顔も見たくねえ人がいんだよ」  ぐいぐいと押されながら、師走の後ろで様子を窺ってくる女を見て事情を理解した。  「あ。なに? そういう感じ? ナミちゃんの彼氏って生徒だったの。ヤバ」  笑おうとしたとき、頬に熱い衝撃が走った。  「ぶっ」  吹っ飛んだ体がドアにぶつかってけたたましい音を上げる。同時に甲高い悲鳴も聞こえた。  「師走くん!!」  おれに馬乗りになった師走の後ろから、血相を変えた先生が駆け寄ってくるが、奴はそれを怒鳴って止める。  「来んな! あんたは下がってろ!」  びたっと止まって口元を手で覆った彼女は、「待って、すぐ他の先生呼んでくるから、危ないことはしないで」とだけ言って教室を出て行った。  「あーあ、せっかくカッコつけたのに見捨てられちった」  腹に乗っかられたまま茶化すと、師走は意外にもにやりと笑みを見せた。  「何抜かしてんだこのタコ。先生が邪魔な奴ら連れてくる前にケリつけるぞ」  また一発頬を殴られて耳鳴りがする。こいつの拳は、今まで喧嘩してきたどの相手よりも重い。  痺れるような痛みを噛み締めて、おれも殴り返した。  「痛ってーなァ、顔殴んじゃねぇクソ!」  「ぐっ!」  ガラ空きだった鳩尾に拳を叩き込むと、のしかかっていた体が退く。それを契機に体勢を逆転させて、胸や腹に何発も入れてやった。  「急に人殴りやがって!」  鈍い音を立てて何度も腹に衝撃を喰らっているが、師走は落ちる気配がない。硬い。  顔を掴んで床に叩きつけたが、それでも伸びなかった。どころか、  「()っ!」  隙を突かれて掌に歯を立てられる。皮膚を喰い千切る勢いで噛まれ、手からボタボタと血が滴った。  「――なんでもアリかっ、の野郎……!」  咄嗟に手を引いたのを掴み戻されて、また床に引き倒される。  口からおれの血を垂らしながら、師走は学ランの襟を掴み上げてきた。  額に青筋を立てて、瞳孔の開いた目でおれを睨みつける。  「まずあの人の名誉のために言っとくが、俺と先生はそんな関係じゃねえ。先生はただ教師として生徒の俺を気遣ってくれてるだけだ」  一発殴られる。こっちも殴り返した。  「今日も、ただ進路相談をしてもらってたんだよ。  だがやけに浮かねえ顔してやがるから、『何かあったのか』って訊いてみれば、てめえに随分な目に遭わされたと」  殴られる。殴り返す。唇の端が切れて、鉄の味がした。  「随分な目? っは、先生が地味にエロいからちょっとからかっただけじゃん? “先生とヤリてー”って――はぶっ!」  「恥ずかしくねえのか!」  三回殴られた頬が熱く滲んで、早速腫れていく感じがする。  こっちも本気で殴り返そうとしたが、おれの三発目は師走の手に抑えつけられた。  「俺は正直な話、お前に会うのを楽しみにしてた。今回のことがあるまでは」  「は、はあ……?」

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