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・・・  話を終えて、医者が病室を出て行くと、おれはベッドに横たわる母さんに近づいた。  栄養が抜けてぱさついた髪と痩せた頬を撫でる。  久しぶりにちゃんと母親の顔を見て、老けたな、と思った。  「……母さん、あいつにいつも殴られてたの?」  訊ねても返事はない。  昏々と眠る母の上で、ぼそりと呟く。  「知ってたら、おれが殺してたのに」  義父は自分や兄貴を殴って鬱憤を晴らしていたので、母には手を上げないだろうと勝手に思い込んでいた。  馬鹿だった。そんなはずはないのに。  相も変わらず暴君だった義父が、アル中の母さんを疎んで度々口論になっていたのは知っている。  知っていて、放置した。彼女が何かしら精神を病んでいることにも気付いていながら。  『どうしていいか分からない』と思考放棄するのは、罪だ。  滲んだ目から、ぼたぼたと絶え間なく雫が滴る。  「疲れたでしょ。おれを生んでからずっと、一人で働き通しで」  ところどころ白髪が混じって薄くなった髪は、以前はもっと鮮やかな栗色をしていたんじゃないかと思う。顔もちゃんと赤みがあって、肉もついていた。  それをこんなふうに変えてしまったのは誰なのか。  「ごめんね。おれ、知ってたのに」  声が震える。  なにが強さだ。  女が好きだの男が好きだの、どうでもいいことで騒いで。  おれはまた、大切なものを守れねえで。  くるくる回る白いワンピースと、ママの笑顔と。ふたりで囲んだ鍋が懐かしい。  おれは、このひとを苦しめるために生まれてきたのか?  なんのために生きているんだ、アタシは。  「もういいんだよ。お疲れ様。ゆっくり休んで」  何も分からない。  そんな今の自分にできるのは、このひとを解放してあげることだけだ。  痩せて枯れ枝のようになってしまった母の手を取り、そこへぐしゃぐしゃに濡れた顔を擦り付けた。  「バイバイ、ママ。アタシなんかが生まれてきて、ごめんね」 ・・・  病室を出ると、荒センが所在なさげにそわそわと壁際に立っていた。  「ごめん。おまたせ」  「あ、ああ。いいんだ。どうだった、お母さんの様子は」  「んー、死んではなかった」  適当に答えると、何か言いたそうな顔をする。  ただ部外者が首を突っ込むことじゃないと思ったのか、何も言わなかった。  「そうか。  これからどうする? 行きたければ警察の方にも送っていくぞ。……いや、面会はできないかもしれんが」  「いいよ。行かない」  そうか、と視線を落とした先生に、おれは笑いかけた。  「ねえ、荒セン。おれ、高校辞めるわ」

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