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4−14
「伊吹!」
勢いよく扉を蹴り開けると、更衣室と化粧室がセットになったような部屋が広がっていた。
天井にホストクラブらしいシャンデリア型の照明が下がっていて、右手にドレッサー、左手にロッカーが並んでいる。
その間には何もなく、グレーのタイルカーペットが敷き詰められていた。
そこに水無月の姿はなく――もちろん、伊吹の姿もなかった。
その代わりに。
「ミフユさん」
部屋の中心に――アキが立っていた。
「……アキちゃん」
「思ったよりも早かったですね」
不思議と驚きはない。
遥斗の正体を聞いたときから、薄々こうなることを予想していたのだと思う。
アキはどこも拘束されていない自由な状態で立ち尽くしていた。
こうしてミフユが現れても落ち着き払っているところや、その思い詰めた表情を見て、彼女が自分の意思でここにいるのだということを悟った。
(……やられた)
もう他に部屋は残されていないはずなのに、ここにも伊吹たちはいない。
ならば、はじめから二人はEDENにいなかったのだろう。この店は囮だったのだ。
「伊吹ちゃんの居場所、知ってるわね」
尋ねると、アキは真顔で頷いた。
「はい。あの人を拉致したのは私ですから」
信じがたいが、ミフユのアパートを訪れた伊吹を、彼女ならば警戒心を抱かせずに襲うことができただろう。
「伊吹ちゃんはどこにいるの? 彩極組の本部?
そこには遥斗――水無月も一緒にいる?」
「知っているけど、それをミフユさんに教えることはできません」
アキは硬い表情で断言した。
「……はあ」
そっと額を抑えたミフユは、すっかり腹を決めているらしい彼女に確認する。
「遥斗がどんな男か。どんな事をやらかしてる奴なのかってことは、知ってるのね?」
「はい」
「ヤクザだってことも?」
アキはこくりと頷く。
(これくらいじゃ引き下がらないか)
まだ年若いアキのことだ。
それに、彼女にとってはこれが初めて手にした恋のはずだから、簡単に手放すなどありえないのは容易に想像がつく。
恋に燃える女ほどやっかいなものがないのは、ミフユはよく知っていた。
「でもいいの? あんたに、アタシや伊吹ちゃんに手を出すよう唆す男よ」
「……分かってます。自分でも馬鹿なことしてるって。でも――あの人を喜ばせなきゃ。私が断ったら、他の人にすぐ取って代わられるだけだ」
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