159 / 191
4−29
後方で唖然としていた組員たちが慌てて頭を下げる。それらに対して「使えない」と毒づいた水無月は、ミフユたちを相手取りつつ、組員に訊ねた。
「李 は?」
出てきた名前に、ミフユと伊吹が目を合わせる。
李といえば、中国マフィアの頭領の名前だったはずだ。EDENで竹下たちと薬の取引を行っていた。
(あいつが居んの? ここに)
顔色を変えたミフユの後ろで、部下の一人が声を上げる。
「はい! すぐ降りてくるそうです!」
上だ。
ミフユたちがまだ踏み込んでいない、上階にいるのだ。
「そうか。【禁じられた果実】を売って欲しいなら、ネズミの処理くらい手伝ってもらわないとな」
笑う男に伊吹が舌を打つ。後方に気を取られていたミフユに、水無月の蹴りが入った。
「ぐっ!」
「美冬 !」
組員たちのほうへ飛ばされていったミフユに、伊吹がすぐ駆け寄ろうとする。だが水無月の手がそれを許さずに、より激しい攻防にもつれこんでいく。
「こっちは気にすんな!」
そう叫ぶミフユのもとに、ぞろぞろと組員たちが押し寄せてくる。が、足を薙ぎ払って引き倒した。
うち一人の両足首を掴んで立ち上がり、
「どらぁっ!!」
そのまま振り回して、周りにたかっていた男たちを吹き飛ばした。
「ぐはぁあ!」「ひぃい!」「ゴ、ゴリラかぁ!?」
武器にされて振り回されている男は、遠心力の脅威とあちこちにぶつけられる衝撃で、もはや気を失っている。バッタバッタと薙ぎ倒されていく者たちの中からは、ぽつぽつと「オオトリの如月だ」という声が零れ始めた。
「誰がゴリラじゃい!!」
「ぎゃあああ!」
人をゴリラだの鳥だのと騒ぎながら襲いかかってくる組員たちは、動揺で動きに統率がとれておらず、さほどの脅威ではない。
「どけ!! 伊吹ちゃんを助けんだよおれはァ!!」
騒動の中でまたもサングラスが外れ、地面に落ちてひしゃげる。それを誰かの足が踏み、バキリと不吉な音を立てたのを聞いて、ミフユは激昂した。
「あっ……ああああアタシのグラサンがぁああ――! またっ……ドルガバよ!? いくらしたと思ってんだこのクソダラボケどもが!!」
露わになった素顔を般若のごとき面に変えて、ミフユは後からやって来た数人も瞬時に素手で屠った。
「ぐぎゃあああ!」「情緒不安定か!?」
敵側はミフユがオネエなのかヤクザなのか訳が分からないらしく、混乱している。その間にも続々と屠られていって、周囲に屍の山が築き上げられていった。
――頬に濡れた感触があり、拳も相手の血で染まっていたが、神経は昂る一方で収まるところを知らない。
自分でももう美冬なのかミフユなのかがぐちゃぐちゃで、ただ本能のままがむしゃらに暴れ回るだけだ。
いまは自分が何者かなんて、どうでもいい。
とにかく伊吹を守りたい。
「水無月!」
顔を返り血で染めたミフユは、伊吹とやり合っている水無月に叫んだ。
向こうは振り返らなかったが、構わずに続ける。
ともだちにシェアしよう!