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 李がじりじりと距離を詰めてきて、ミフユも間合いをはかりながら後ずさる。  相手は、ゴロツキ上がりのヤクザとは違って、おそらく武術のプロだ。ミフユと大陸出身のアウトローとでは、くぐり抜けてきた修羅場の数も質も、桁違いだと考えていい。  (数、技術、体格――全部あっちが優勢なんて、こんな不利な喧嘩が今まであったか)  伊吹のほうをちらりと確認すると、あちらはいまだに力が拮抗して、状況が変わることはなさそうだった。水無月を抑えてくれているだけありがたいと思わなければならない。  「美冬(みと)ォ!」  と、伊吹が声を上げ、わずかな間ミフユと目を合わせた。  「くたばんじゃねえぞ!」  薬を投与され、常人なら立ってもいられない状態のはずなのに。  瞳を爛々と輝かせる伊吹の口元には、笑みが浮かんでいた。  「誰に言ってんだ!」  伊吹に答えるミフユも同じだった。  「抵抗はムダ。すんなり諦めた方が楽に死ねるヨ」  「あ? 誰に言ってんの?」  この苦境のさなかで、笑いが溢れる。  「全く……愚かしい男孩(ボーイ)ネ」  李が手刀をつくって、その刃先をミフユの鼻先に向ける。  向こうが仕掛けてくるのを待たずミフユのほうから殴りにいったが、しかし。  狙った顔がふっと消えて、右下から手刀が飛んできた。――死角だ。  「っ」  喉を突かれる前に慌てて上体を逸らして、攻撃をかわす。  「容赦ねえな」  あれを喰らえば、一撃で沈められるところだ。  が、一発避けたところでその動きを見切っていたかのようにすぐ二発目三発目が飛んでくる。脊髄反射でそれらをなんとかかわすと、ミフユは一度床を強く踏み、思い切って後ろにさがった。  (っつーか、なんかすっげえやりにくい!)  李の動きを読もうとしても、その上体はふらふらと不規則に揺れて読めない。  柔道の素養があったアキのような型にはまった構えではないので、その対応にも規則性が生まれにくかった。  (そうだ。これって……)  どことなくボクシングに似た動きだ。  ただしボクサーと違って、平気で相手の喉を突こうとするし、足も使ってくる。  ミフユが繰り出した拳を裏拳で弾き飛ばされて、ぐっと距離を詰められた。 ――間近に迫ると、李の威圧感は凄まじい。  平均より上背のあるミフユですらも見上げるほどの背丈。そこから頭突きを落とされれば、受けて立つしかなかった。落石が直撃したような震動を額に感じながら軽口を叩く。  「こないだより持ち堪えるネ!」  「今日はクスリなんていう反則技をかけられてねぇもんでね……っ」  大熊の相手をしている気分になりながら、あえて余裕のある笑みを見せる。  李は勝ち誇った微笑を浮かべて、首を傾げた。  「反則技?」  「ぐっ」  膝で鳩尾を突かれて呼吸が止まる。反動で体が(しな)るが、肩を掴まれて逃げることは許されない。  男は低く笑いながら、ミフユの頭を片手で鷲掴んだ。  「殺し合いに反則などない」

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