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 そのまま蹴りを入れられ、鼻骨と膝同士がぶつかる嫌な音が響いた。  一度床に放られたミフユは、受け身をとれず仰向けに転がされる。そこへ李がゆったりと歩いてきながら、小馬鹿にして嗤った。  「どんな手を使おうが、他者を殺した方が勝者、ですヨ。レディボーイ」  ミフユは上半身だけ起こしたが、体に力が入らずすぐに床に手を着いた。鼻から生温い液体が垂れてくるのを感じる。  「それは人生も同じ。負けたくなければ、殺られる前に殺るしかないネ」  それを笑顔で言えるこの男は、今までどれだけの弱者を踏みにじり、勝ち上がってきたんだろうか。  「ワタシ、お前らのせいで大事な取引、ブッツブされるわけにはイキマセン」  「何が大事な取り引きよ……麻薬売買なんて、悪魔の所業じゃない」  男はせせら笑い、スーツの裾から武器を取り出した。  「商売は――人生は、悪魔になったモンが勝ちヨ。  喰うか喰われるか。ワタシが生きてる世界なら、アタリマエ」  刃渡り数十センチの明らかに銃刀法に反しているそれは、持ち手には凝った装飾が施されており、長い刃の先にカーブを描いている。中国の古刀、柳葉刀(りゅうようとう)だ。  「自分の下で弱い生き物たちが這いつくばっていようが、知ったこっちゃないネ」  強い男が勝つ。  女のような弱い者は負けてしかるべきだから、男は男らしくあるべきで――強者になったなら、勝ち組らしく弱者を踏みにじれと。李はそういうことを言っているのだ。  それは、美冬(みとう)がかつて抱いていた思想と同じじゃないか。  「参っちゃうわ。アンタも水無月も、まるで自分の嫌なとこ見せられてるみたいで」  自分の弱さをミフユは誰よりもよく知っている。  だから、李のように強い人間になろうとした。  他人を踏みにじることを何とも思わないようにして、男らしい男のふりをしたのだ。  それでも伊吹が現れて、本当の自分がボロボロと零れ落ちてくるようになってしまったら、今度は彼から逃げ出して『ミフユ』の仮面をかぶった。水無月のように、醜い本当の自分を理想の自分の下に覆い隠すため。  李たちと相対していると、そんな自分の弱さをまざまざと見せつけられている気がする。  ずっと遠ざけ続けていた真の自分の姿が、露わにされていく。  それは、とても受け入れがたいことだ。  「……でもさぁ、これが如月美冬なのよ」  ひとりごちるミフユに、刀を携えた李がにじり寄ってくる。  「そろそろオシマイにしましょう――情けないレディボーイの根性、饺子馅(ミンチ)になるまで叩き直すヨ!」

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