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 「ヒャハハァ!」  哄笑して刀を振り上げた李に、ミフユはかっと目を見開いた。  「ごちゃごちゃうるっさいのよ!」  「!?」  そして、左手を大きく上げる。  自身の首をめがけて振り下ろされた刃を、左腕で真っ向から受け止めた。  「っ……!」  「なっ!?」  纏っていたシャツの布が割けて、下の素肌に朱線が走る。銀色の刃に赤い雫が滴るが、李は骨ごと腕を断ち切らんばかりに力をこめた。  が、押し切ろうとする力とミフユが跳ね返す力がほぼ互角で、交差したまま膠着状態になる。  その間にも皮膚が切れて刃先がめり込んでいくが、ミフユは手を引っ込めなかった。  「腕を捨てる気カ!?」  鉄と肉が同等の力を持ってぶつかり、ぶるぶると震える。  どちらも引き下がらず、押し切らず……。  いや――あろうことか、素手のミフユの方が少しずつ押し始めていた。  「もう腹括ったわ。  『ミフユ』も『美冬』も、間違いなくアタシなの。  てめえが――他の誰が認めなくても!」  鼻息荒く刀に力をこめる李に、ミフユは吼えた。  それから、ふと胸に違和感を覚える。  (誰が認めなくても?――それでいいのか)  アキの顔が浮かぶ。  少年時代に「女の子になりたかった」と泣いていた顔。  どうしてアキは涙を零さなければならなかったのか。  白いワンピースを着た自分が、義兄たちにからかわれたのはなんでなのか。  それは、自分たちが『普通』ではなかったからだ。  この世界全体を渦巻く、凝り固まった偏見がミフユの周りすべての苦労を生んでいる。  誰より大切だった母が壊れてしまったのも、強い男が弱い女を支配するという当たり前の世界に呑まれたからだ。 ――ここにやって来たとき、伊吹が一瞬だけちらつかせた表情を思い出した。 ……彼は、申し訳なさそうな顔をした。  それは多分、ミフユと言い争ったときのことを思い出してのことだ。  ずっと多数派の価値観で生きてきた彼だから、ミフユの立場なんて分からなくて当然なのだ。  それでも伊吹はそれを良しとはせず、理解しようとしてくれている。  水無月の手をかわし、即座に反撃に出る伊吹を横目に見ながら、ミフユは静かに決意を固める。  こんなに勇ましい男が、ミフユを受け入れようとしてくれている。  すく隣で努力してくれている人間がいるのに、“本当の自分なんて誰からも認められなくて当然”だと、どうしてそんなに卑屈にならなくちゃいけない?  李や水無月、義兄や義父たちのような者の鼻っ面に。  自分のような者が存在していいのだと、叩きつけてやらなきゃいけない。  それができるのは?  こんなに巨大な壁を前にして、自分の母のような――優しいけれど、とても儚く、弱かった――人が、抗えるだろうか。  高校時代の女性教師の姿が脳裏をよぎった。彼女は精神的にすごく強かったけれど、男のミフユとは力で歴然の差がある。  だから伊吹が守った。力は、自分の大切なものを守るためにあるのだから。  そう、李たちのような強者を打ち倒すのは――強者でありながら弱者でもある、ミフユでしかありえない。  伊吹と肩を並べる自分になら、この壁をぶち壊せる。  「違うわね」  ミフユは苦笑して、目の前の大木のような男を見上げる。  他の誰が認めなくても、自分が自分を知っていればそれでいい――だけでは、まだ足りない。  アキや母のような者のために、力のある自分が声を上げなければいけない。  「これが如月美冬なんだよ!!  認めなさいよ、この唐変木!!」  バキン、と音を立てて折れたのは、李が振り下ろしていた柳葉刀だった。

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