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 だとすれば、自分がすべきは物騒な贖罪(しょくざい)などではなくて、大鳥にきちんと感謝することだろう。  ミフユは頭を下げて告げた。  「恩に着ます。……礼を言うのが大分遅れましたが」  「あー、よせよせ。ンな堅苦しくされちゃ、かゆくてたまらん」  苦笑されて顔を上げると、大鳥は一度深く息をついてから、四角い顎を撫でさすった。  「今日はおまえにけじめ付けさせるためじゃなくて、用があったから呼び出したんだよ。  しかしまあ――なにから話したもんかな。  ああ、ひとまずはこないだの彩極との一件、ご苦労さん」  「いや、こっちの方こそ。鳳凰組の人員を貸していただけて助かりました」  謙遜すると、大鳥は妙な顔をした。  「……どうしたんですか? 歯に物でも挟まったみたいな」  ミフユは首を傾げて尋ねる。  大鳥はうん、と一つ唸って、  「おまえ、もっと普通に喋ってもいいんだぞ? 店にいたときみてえに。つうか昔だってそんな堅くはなかっただろ」  ミフユはその瞬間、今までずっと抱えてきたわだかまりを全て忘れることにし。  ひっしと両手を組み合わせた。  「え、本当ですか? じゃあお言葉に甘えて―― ――組長(おやっ)さんってば相変わらずやっさしー♡ 惚れちゃいそおだわあ!」  「切り替え早ぇなオイ」というのは隣の伊吹のツッコミで、大鳥は可笑しそうに肩を揺らした。  「おうおう、てめえはそんな奴だったな。思い出してきたよ」  ミフユは凝り固まっていた肩を回しながら、満面の笑みを浮かべる。  「ありがとうございますぅ組長さん!  アタシってばもうかれこれ十年近くこのスタイルでやってきてますから、最近じゃ変に取り繕うと全然口が回んなくってえ!  でもさすがにこの場面でオネエ丸出しはまずいんじゃないかな?って思って『大人しく男らしくしてなくちゃ』なんて考えてたら、朝から全然テンション上がらなくてえ」  「わかったわかった。一旦落ち着け」  両手を上げて制止する大鳥に、ミフユはむっふんと頬に手を当てた。  「ああ、ごめんなさい。自由に振る舞えるのが嬉しくって。 ――今回のご恩はかならずお返ししますね。  お中元にハムでも送ろうかしら♡」  後ろですっかり背景と同化していた狗山が「ハムかぁ……いいなあ」と呟いている。  伊吹からは呆れを通り越した形容しがたい表情を向けられながら、ミフユは話を戻した。  「組長さんには、そこの狗ちゃんを通して組の子を寄越してもらいましたけどね。  あの助力がなければ、今回の騒動にケリをつけるのは難しかったと思うんです」  「ああ――聞いたところじゃ、大陸のマフィアが関わってたらしいな」  大鳥は伊吹に目を向ける。  「【禁じられた果実】か。相当えげつない代物だそうだな。  ウチのは化け物じみた体力してっから一週間もたたねぇうちに戻ってこられたが――そんなもんが一般人に広まったら、ただじゃ済まねえ」  そう。  大鳥の言う通り、伊吹はなんとあの日病院で目覚めてから二日後には退院していた。  担当した医者は後遺症も残らなかった伊吹の予後に仰天して、『鉄人でもなければ起こりえない奇跡だ』と言っていたけれど。  そんな例外を覗いて、普通の人があの薬を使えば、またたく間に廃人となる。  モリリンの顔を思い浮かべながら、ミフユは溜め息を落とした。

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