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 「『居所は掴んでるから大人しくしとけ』なんて言ったところで、お前は直接美冬と話さなきゃ納得しなかったろう」  「当たり前だろ、そんなの」  伊吹は拳を握って、そこに視線を落とす。  「俺が、どんな気持ちでこいつを捜し回ってたか」  「……伊吹ちゃん」  いまや立ち上がって掴みかからんばかりの伊吹に、大鳥は笑みを引っ込めた。  「琴美から電話がかかってきたときにな。  『のしつけて返そうか?』って訊かれたんだよ。 ……だがその前に一度、こっそり店を覗いてみた。  中に入ったらさすがにバレちまうから、遠巻きにだけどな」  「嘘」  言葉を呑むミフユに、老爺は目を伏せた。  「客を見送るときにちらっと見えただけだったが。 ……おまえは、すごく幸せそうだった。  俺はそんなおまえを見たとき――これが美冬にとって一番幸せな選択なんだったら、それでいいのかもなって思ったんだ」  静かな瞳を向けられる。  それは、極道一家の長というよりも――人の親の目をしていた。  「てめえはウチに入ってきた時からチャラけててぶっ飛んだ奴だったけどよ。  そんな風にヘラヘラしながら、心の奥底ではいつも俺らに壁一枚隔てて接してたろ」  ミフユは言葉を失う。  伊吹にさえ最後の最後まで気取らせなかったことを、大鳥は察していたのだ。  「店から無理やり連れ戻すって道もあったがよ――子がした選択は、できる限り見守るのが親の務めってもんだろうが。  親が手を出すのは、てめえのガキが道を誤ったときだけだ。  こんなこと言ってっと『甘い』とか揶揄(やゆ)られるがよ、自分の子一人の幸福すら守れねえで組全体のオヤジを名乗れるかってんだ」  「……組長(オヤジ)」  「だから琴美には後から電話して、『ウチのをよろしく』とだけ伝えた。  俺も伊吹も、縁がありゃまたいつかお前と会うこともあるだろう。それまでは、そっとしといてやるのが一番だと……」  言って、大鳥は伊吹の方を見上げる。  「だが、俺の勝手でお前には悪いことをしたな。これが俺の親としての考えだったんだ」  伊吹は何も言わず、また元の位置に座り直した。  ミフユはといえば、脱走して以来一度も聞いたことのなかった大鳥の本心を聞かされ、なんだか気が抜けていた。  「だから美冬。  おまえは、きちんと俺の許可のもとで組を抜けて表社会に戻ってたってことだよ。今さら詫びる必要なんかねえんだ」  もちろん、それは大鳥がミフユをかばうために後からでっち上げた出鱈目だ。普通なら自分のやったことはこんな風に許されていい行いじゃない。  (……なあんだ)  本当に、気が抜ける。  (アタシってば、こんなに守られてたんじゃない。  勝手に一人で追い込まれて、切羽詰まって逃げだしちゃって)

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