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【11】
克臣に拉致同然の状況でマンションに連れ込まれてから三日後――貴滉は解放された。
手枷や首輪を嵌められていた場所にはいくつもの擦り傷が残っていた。足には縄できつく縛られた跡が残り、無理やり抉じ開けられペニスを突き込まれた後孔は熱を持って腫れていた。少しでも気を抜くと、中に出されたものが溢れ出しそうで、貴滉はふらつきながらも気を抜くことが出来なかった。
セックスの最中、何度も撮影された貴滉の痴態は克臣のスマートフォンの中に収められている。もし、彼の機嫌を損ねれば、報復としてすぐにネット上にバラ撒かれるに違いない。
貴滉が気を失っている間、克臣は何食わぬ顔で会社に出勤していた。もちろん、寝室は外側から鍵が掛けられ、窓も開かないようにされていた。どちらのものとも分からない体液臭が漂う中で三日間監禁されていた貴滉。
その日の業務を終えて帰宅した克臣にバスルームで犯されたあと、スマートフォンのGPS機能を使い、いつでも貴滉の居場所が把握出来るように設定された。それは、真吏と会うであろう貴滉を監視するためのものだった。
帰宅のためにタクシーに乗り込んだ貴滉を見た運転手は、まるで幽霊でも見てしまったかのような顔をしていた。そのリアクションは、あながち間違ってはいない。貴滉の魂は克臣の手に握られている。今、ここにあるのは抜け殻と化した体なのだ。
ポケットの中でスマートフォンが短い振動を繰り返し、メッセージアプリの新着を告げる。それは三日前から途切れることなく続いていた。恐る恐るスマートフォンを取り出し画面を見ると、五十件の未読メッセージがあった。送信者が誰なのか……開かずとも分かっていた。でも、今の貴滉にはそれを開く勇気も気力も残っていなかった。
ホテルでの別れ際、真吏と交わした約束を貴滉は破った。
悲しいという感情も涙も……。過去に失っていたものを克臣の前で晒した。そのきっかけは、彼とのセックスだった。二十六年間守り続けてきた処女をレイプ同然に奪われ、好きになった人と離れなければならない状況に追い込まれた。
あの時、互いの想いが通じたと思ったのは妄想だったのかもしれない――貴滉は、そう思い始めていた。
そもそも、最初から間違っていた。彼に出逢わなければこんな事にはならなかった。胸が張り裂けそうな想いに眠れなくことも、大嫌いだった父親のことを思い出すこともなかった。
息が出来なくなるくらい胸を痛めることも、ずっとそばにいたいと思うことも……なかった。
貴滉が恋だと思っていたものは、似たような境遇を持つ者への同情や仲間意識だったのではないか。それを共有することで安心感を覚え、胸に開いた隙間を埋めていた……。
何かにつけて他人から叩かれるような行いをしてきた彼のことだ。境遇以前に、そういう気質の持ち主だったのではないか? そんな彼のどこに惚れた? 何を以て『恋』だと定義する?
なぜ――こんなに苦しまなきゃならない?
タクシーの車窓を流れる風景をぼんやりと見つめながら、貴滉は何度も髪を掻き上げた。
「全部、彼のせいだ……」
ボソリと呟いて、あまりのバカバカしさに自嘲する。真吏を悪者にすることで、自分の被害妄想をよりリアルに近づけていく。自分は悪くないと言い切るのは、彼への罪悪感からくる逃避。
今は逃げたい……。滅茶苦茶になってしまった現実からも、恐怖の対象となった克臣からも。そして、優しい眼差しで見つめる真吏からも。
彼の温もりや指の感触、何より触れ合った唇の熱さと重なった互いの息遣いを思い出すだけで、自分の体が酷く汚いものに思えてくる。克臣に穢された事実は消すことは出来ない。こんな汚らわしい自身を、彼はあの綺麗な瞳で見てくれるだろうか……。指を絡めて、抱きしめて……キスしてくれるだろうか。
貴滉は、シートに掛けられた白いカバーを掴み寄せるように爪を立てた。
忘れようと思えば思うほど、その姿はより鮮明になっていく。わずかな瞬きでさえ瞼の裏に現れる真吏の姿に、貴滉の心はかき乱されていた。
握りしめたままのスマートフォンの画面を見据え、開くことを躊躇っていたメッセージを一つだけタップする。そこにはたった一行だけ、真吏からの言葉が綴られていた。
『俺のこと、嫌いになった?』
それを目にした瞬間、貴滉の頬に涙が伝った。
どんなに辛辣なことを言われても、酷い目に遭って痛みを味わっても流れることのなかった涙。
誰かの事を想い、こんなに簡単に流せることを知る。同時に、二度と会えないかもしれないという悲しみに圧し潰されそうになる。
「嫌いになんて、なれるわけない……」
堪えてもこみ上げる嗚咽が唇を震わせる。後部座席に座る貴滉の異変に気付いたドライバーが不安げに声をかけた。
「お客さん、大丈夫? もうすぐ着くから……」
「はい……。すみません」
「謝んなくていいけどさ……」
困ったような表情でルームミラー越しに見つめるドライバーに泣き顔を見られまいと、俯いた貴滉は薄い唇を強く噛みしめた。乾いた唇に薄らと血が滲んだが、それよりももっと強い痛みを覚えた胸をグッと拳で押さえつけた。
デジタルメーターがカウントするカチッという乾いた音が、静まり返った暗い車内に響いた。
もう少しで午後十時になろうとしている。待つ人のない暗い部屋に返り、克臣の匂いを洗い流して目を閉じたら、きっといつもと変わらない朝を迎える。
ただ一つだけ今までと違うのは、目を覚ました瞬間に真吏にメッセージを送ることぐらいか。
『大嫌いです』
それで、貴滉の新しい日常が始まる。
漆原真吏という男の存在がなかったことになる――はずだった。
*****
エレベーターの中で壁に凭れたままぼんやりと天井を見上げる。
自身の部屋がある五階に到着するまでがやけに長く感じられた。タクシーの中で切り替えたはずの気持ちが再び揺れ始める。
動いたり場所が変わったりするたびに、よくもコロコロと気持ちを変えられるものだと、貴滉は自分の不甲斐なさに呆れた。
こんなに揺れ動く心を持っていたら、たった一人の人を一生愛し続けることなど不可能なのではないかとさえ思い始める。
恋をすると、誰しもが自分の都合のいいように考えるのが普通だ。でも、それを否定しようとしている自分もいる。その両者がせめぎ合い葛藤が生まれる。
「――俺はどうしたい?」
自分にそう問いかけるが、答えは見つからないままだった。
到着を告げるチャイムが鳴り、のそりと壁から体を起こした貴滉はエレベーターをおりた。
打ち放したコンクリートの壁は見た目はお洒落だが、冷たい印象を与える。その壁に手をついてふらつく体を支えながら廊下を進むと、自分の部屋のドアに凭れるようにして立つ長身のシルエットが目に入った。
深夜時間帯になると自動で照度が落とされる廊下の蛍光灯の下。ほとんど影になって顔はハッキリとは見えない。でも、貴滉は小さく息を呑んでその足をピタリと止めた。
その影が揺らりと体を起こし、こちらに向き直ったのが分かった。
「――真吏、さん」
部屋の鍵が入っているポケットを押え、貴滉は一度だけゴクリと唾を呑み込むと、覚悟を決めたようにゆっくりと足を進めた。
わずかに俯きながら一歩、また一歩と彼に近づくたびに心臓の鼓動が早くなっていく。廊下に漂う甘いムスクの香りが濃くなったとき、貴滉のすぐ前に真吏が立ち塞がっていた。
「――どこに行ってた?」
どことなく苛立っているようにも感じる低い声。それもそうだろう。この三日間、彼から送られた五十件余りのメッセージをすべて無視し続けていたのだから。
「会社……に決まってるじゃないですか」
目を合わすことなく答えた貴滉は、部屋の鍵を取り出そうとポケットに手を入れた。しかし、指先が震えて上手く取り出すことが出来ない。
「何を震えている? そんなに寒い時期でもあるまいし……」
彼に指摘されビクッと肩を震わせた貴滉は鍵を掴んで勢いよく引っ張り出すと、真吏に背を向けるようにドアに向かった。
「何か御用ですか? こんな時間に……」
冷静を貫こうと、まるで他人に話しかけるかのように言った貴滉だったが、手にした鍵がなかなか鍵穴に入ってくれない。震える指先にグッと力を入れたとき、貴滉の手を背後から伸びてきた真吏の手が包み込んだ。
カチッ……。
鍵穴に入った鍵を回し開錠する。こんな簡単な動作もロクに出来なくなるほど、貴滉の心は激しく揺れ動いていた。
「――用がないなら帰ってください。またSNSに書き込まれるの、迷惑なんで……」
冷たく突き放すつもりだった。でも、貴滉の手を包んだままの手は離れていかない。それどころか、ワイシャツの袖口を捲るようのゆっくりと手首の方へと移動していくではないか。
焦った貴滉が振り返ろうとした時、後ろから腰を引き寄せられてしまった。力強い腕にそのまま抱き込まれ、貴滉の襟足に顔を埋めた真吏がスンと鼻を鳴らしたのが分かった。
「やめてください……っ」
その途端、緊張で全身が強張る。克臣の部屋でシャワーを浴びてきたが、ロクに洗うこともないままその場でも激しく犯された。まだ彼の匂いが残っている……。
α性は最良の相手を見つけるために鼻が利くという。それは狼の血を濃く引いた名残だとか。
「離しっ――」
「お前の会社では、仕事中にセックスするのか?」
声を荒らげて拒絶する貴滉の言葉を遮るように、真吏が抑揚のない低い声で言った。まるで地の底から響くような怒気を孕んだ声音に、貴滉は背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
「真っ裸で、手足を拘束されて……脚を大きく開いて誰を誘った? お前、セックスが嫌いだったんじゃなかったのか?」
真吏の言葉に、貴滉は勢いよく振り返った。
「なんで……。なんで……知って、る」
まるで克臣とのセックスを見ていたかのような真吏の言い様に信じられない思いでそう呟くと、彼はジャケットのポケットから取り出したスマートフォンを貴滉の前に掲げた。
「――これ。まるで、俺がお前を犯してるようになってるけど……誰なんだ?」
そこにはSNSのタイムラインをスクリーンショットで撮影し保存されたものが映し出されていた。
広いベッドの上で両手を拘束され、脚はM字に開かれたまま縛られ、モザイク処理が施されたあの場所には太いバイブレーターらしき物が突っ込まれている。顔の部分も秘部と同じように画像処理されているが、間違いなく貴滉のものだった。
添付された画像に付けられたコメントは『ペットの処女Ω、絶賛調教中!』――そう書かれていた。
左上に書かれたアカウント名は『漆原真吏』となっている。
「ちが……っ。俺じゃ、ないっ」
「じゃあ、どうして……。お前の体から嗅いだことのない男の匂いがする? 濃厚な精液の匂いが……する?」
咎めるように貴滉の耳朶に歯を立てた真吏は、片方の手をゆっくりと下におろすと、貴滉の臀部を鷲掴みにした。
「い、いやっ」
小さな声で拒むと、彼はその手を割れ目に這わせ、スラックスの上からその場所を探り当てると、グッと指を押し込んだ。
「ここで、何を咥えた? どんだけイッた? 純真なフリしてたけど、やっぱり本能には逆らえなかったってことか……。なぁ、お前の処女……奪った奴ってどんな男? 俺より、カッコイイ?」
真吏の長い指がスラックスと下着を巻きこんで、強引な挿入でまだ熱を持ったままの後孔にめり込んでいく。そこで指をぐるりと回転させ、小刻みに揺すった。
「やめ……やめてっ。いや……ん、あぁ――っ!」
我慢しても漏れてしまう吐息交じりの声を押えようと口元を手で覆うが、消音効果ははまったくない。もう薬は切れているはずだった。それなのに、真吏の指を咥えたその場所は嬉々として収縮を繰り返し、淫らにも喰い締めてしまう。
「いい声……。それ、その男に聞かせたのか? 発情して「もっともっと」って強請ったのか?」
「ちがう……っ。そんな……こと、言っ――あっ。ダメ……出、ちゃう……ダメ、ダメッ!――ん、ふぁぁぁっ!」
下腹の奥がズクリと疼き、その瞬間貴滉の体から力が抜けた。
ブチュッと卑猥な音が下肢から漏れる。その刹那、後孔に突き込まれていた真吏の指を粘度の高い液体が伝った。克臣が中に出した大量の精液が漏れ出してしまったのだ。
「あぁ……っ。いや――ぁ」
一度溢れ出した精液は止まることがなく、貴滉のスラックスをしとどに濡らしていく。監禁されている間、一度も掻き出されることなく注がれた精液が腿を伝い落ち、貴滉の革靴を白く汚した。ドアに縋るように手をつき、生まれたての小鹿のように膝をガクガクと震わせる事しか出来ない。
薄い蕾が収縮するたびにドプリと吐き出される精液が放つ匂いが辺りに広がり、貴滉は羞恥に身を震わせた。
真吏はそんな彼を抱きしめたまま自身の指を濡らした白濁をまじまじと見つめていたが、不意にドアハンドルに手をかけると、勢いよくドアを開き貴滉を押し込めるようにして部屋の中に入った。
後ろ手でドアを施錠し、乱暴に靴を脱いで上がり込むと廊下の左右を見渡す。そして、あるドアを見つけると躊躇なく貴滉の二の腕を掴んで引き摺るようにその中に入った。
そこは洗面脱衣所で、奥にはバスルームがある。貴滉は何が起きたのか分からなかった。茫然と立ち尽くす自身のスーツに手を掛けた真吏がネクタイを引き抜き、ワイシャツのボタンを千切らん勢いで外していく。もどかしげにベルトを緩め、精液で濡れたスラックスを下着ごと脱がせると、バスルームのドアを開けシャワーハンドルを全開に捻った。
突き飛ばされるようにバスルームに入り、ふらついた体をバスタブについた手で支えた貴滉は、肩越しに真吏を睨みつけた。
「なにを……する気ですかっ」
彼は無言のままジャケットを脱ぎ捨てると靴下を足から引き抜き、ワイシャツの袖口を捲りあげた。そして、温まり始めた湯の下に全裸になった貴滉を立たせると、タイルの壁に両手をつかせ腰を折らせた。
「真吏さんっ!」
湯気で満たされていくバスルームの中で、貴滉は後ろから真吏に下半身を押えこまれてしまった。
ゾクリと腰から背中に掛けて甘い疼きが走った。シャワーヘッドから注がれる湯が背中に打ち付け、敏感になっている場所をさらに刺激する。貴滉の背中に湯を広げるように掌を滑らせた真吏は、そのまま双丘の割れ目に移動した。
つい数時間前まで克臣に弄られていたその場所に真吏の指先が直接触れる。スラックスの上からとは比べ物にならないくらい生々しく、そして温かかった。
「いや……っ。何を、する……んですかっ」
これから何をされるか分からない不安に声を震わせた貴滉を見上げた真吏は、淡褐色の瞳に怒りを湛えたまま言った。
「全部……掻き出してやる。お前を穢したモノを……一滴残らず。少し、大人しくしていろっ」
「そんな……。真吏さん、やめて! そんなことしたら、あなたまで……っ」
「俺まで――なんだ?」
「そんなもの触ったら……あなたも穢れるっ。もう、これ以上あなたに迷惑はかけたくない!」
貴滉は首を左右に振りながら叫んだ。タイルに爪を立て、何度も声を震わせた。
「全部、俺のせい……。あなたを……苦しめたのは、俺……だから」
「貴滉……お前、泣いてるのか?」
細い背中を震わせたまま肩越しに振り返った貴滉の頬には、シャワーの湯とは明らかに違う熱い雫が流れていた。目を真っ赤に充血させて悲しみに顔を歪めた苦しそうな表情は、真吏にとって初めて目にする貴滉の姿だった。
驚きで言葉を失い、しばし瞠目したまま動けなくなっていた真吏だったが、押えこんでいた下半身から手を離すと、着衣が濡れるのも構うことなく貴滉を後ろから抱きしめた。
「お前……っ」
「もう、俺には関わらないで……くださ、い。あなたを……不幸に、する」
肌に張りついたワイシャツ越しに感じる彼の体温はやけに高くて、貴滉は泣きながらも心の奥がじんわりと温まっていくのを感じた。上から降り注ぐ湯の中で、真吏は貴滉の首筋に唇を押し当てて言った。
「不幸になってもいい……。こんなに傷だらけになったお前を……放っておけるわけがないだろっ」
傲岸不遜な態度を見せていた彼と同一人物とは思えないほどその声は苦しげで弱々しく、微かに震えていた。
SNSによる誹謗中傷、両親からの圧力によって精神的に追い込まれ自殺を考えたあの時と同じ気配を感じて、貴滉は小さく息を呑んだ。
「――あの時、お前を帰さなかったら。躊躇うことなくこのうなじを噛んでいたら……こんな事にはならなかった」
「真吏……さん」
貴滉の首に残る首輪のあとをなぞるようにキスを繰り返す真吏の息遣いを感じる。そのたびに、彼と離れようとしていたことを責めるかのように胸が軋んだ。
「――悔しい。ムカつく……。なんでお前がこんな目に遭わなきゃならない? お前は何も……悪くないだろ」
貴滉の肌に湯が弾け、滴となって滑り落ちていく。それを堰き止めるかのように、真吏は何度も唇を押し当てて強く吸った。チリリとした痛みと熱が貴滉の肌を焦がしていく。
「お前と会えない日が苦痛で仕方なかった……。お前の気配をそばで感じるだけで心が満たされた。こんなにも……誰かを恋しいと思ったことは、今までなかった」
腹の底から絞り出すような真吏の声に、貴滉は薄い唇を噛みしめたまま俯いた。
今更、何を言っても時間は戻せない。克臣に強制的に発情させられた体は彼の精を受け入れてしまった。もしも貴滉の体が真のΩ性として目覚めてしまったとしたら、発情時の性交による受精率は格段にあがる。β性とはいえ、克臣のように若くて精力のある者の精液を注がれれば、妊娠は不可避だ。そうなると、必然的に彼と番うしか方法はなくなる。
真吏は優しくキスを繰り返しながら、貴滉の双丘の間に指を滑らせた。そこは熱を帯び、薄い襞がぷっくりと盛り上がっていた。
「腫れているな……。痛くはないか?」
貴滉が無言のまま頷くと、真吏はその場にゆっくりと片膝をついて肉付きの薄い尻たぶんを両手で広げた。
「いやぁ……っ。真吏さん、見ないでっ」
克臣に犯され穢れたその場所をまじまじと見つめる彼の視線に耐えきれなくなった貴滉は、腰を捩って切ない声をあげた。しかし、真吏は貴滉の制止を聞き入れることはなかった。赤く熟れた蕾の周りを指先で円を描くように数回愛撫すると、人差し指の先端を薄い粘膜の割れ目に差し入れた。
「――挿れるぞ? いいか?」
プチュッと小さな音を立てて、彼の長い指が体内に沈められていく。克臣の精液を掻き出すためであると分かっていながら、腰の奥が甘く疼くのを止められなかった。
最初は様子を窺うように、そして徐々に奥へと指を進めた真吏はグッと指の腹で中の粘膜を押した。トプッと小さな音を立てて漏れ出る克臣の精液が糸を引いてタイルの床に落ちる。それが湯と共に排水口に流れていくのを見つめていた貴滉は居たたまれない気持ちになった。
(気持ちいい……)
クチクチと音をさせながら抽挿を繰り返す彼の指が蕾の入口を擦るたびに、ゾクゾクとした痺れが背中を這いあがる。そして、中でぐるりと指を回され粘膜を抉られると、括約筋に力が入り彼の指を食い締めてしまう。
一度発情してしまった体は貪欲になり、突き込まれるものを嬉々として受け入れてしまうのか。
貴滉はそんな自分を許すことが出来なかった。感情で恋をしたい――そう言ったのは自身なのに、本能に抗えずにいる。
「はっ……は……っ。真吏、さん……も、やめて……あぁっ」
次々と湧き上がる快感から逃れようと腰を揺らした貴滉の前では、完全に力を蓄えたペニスがユラユラと揺れていた。はしたなくも先端から透明の蜜を溢れさせ、腰を動かすたびに糸を引いて床に落ちていった。
「やぁ……そこ、そんなに……擦らないでぇ」
「我慢しろ。しっかり掻き出さないと……」
「真吏さ――あ……あ、ひぃ――っ!」
貴滉の体がビクンと大きく跳ねた。女性のような甲高い声を上げ、タイルの壁に爪を立てる。爪先立ちになった足の指はキュッと丸められ、内腿がブルブルと痙攣していた。
中に沈められている真吏の指が腹側のある一点に触れた瞬間だった。貴滉の瞼の裏でいくつもの光が点滅し、頭の中が真っ白になった。明らかに絶頂した状態であったが、ブルリと震えたペニスの先端からは白濁交じりの蜜が溢れただけで射精には至っていない。
(え……。今のは……なに?)
「――勝手にイクなよ」
「え……?」
克臣とのセックスでは感じることのなかった快感が脳髄を直撃した。彼のペニスを何度も受け入れてはいたが、今のような衝撃はなかった。挿入すれば確実に触れるであろう場所のはずなのに……。
「ほら、力を抜け……。指が千切れる」
片膝をついたまま上目使いで睨んだ真吏の口元はなぜが笑っていた。肩を上下させ呼吸を整えていた貴滉は、自身の身に何が起きたのか分からずにいた。もしかしてこれが噂に聞いていた『前立腺』という性感スポットなのだろうか……。
「ドライでイクとか……お前、素質ありすぎだろ。なあ、その男の前でもイッたのか?」
「ドライ? え……なんの、こと?」
克臣に抱かれている時とは比べ物にならない灼熱が体の中で渦巻いている。その熱さを逃がそうと胸を喘がせるが、一度昂ぶった体はなかなか静まってくれない。
「いわゆるメスイキってやつ……。射精しないから、辛いだろ?」
「メス……? 俺のからだ……おかしい?」
「安心しろ。心配しなくても大丈夫だから」
形のいい唇に弧を描きながらそう言う真吏の顔は、先程とはまるで異なっていた。怒りの様相はそこにはなく、穏やかで柔らかい表情だった。
かなりの量を掻き出し終えた指を慎重に引き抜いた彼は、立ち上がるでもなく貴滉の尻たぶを優しく愛撫していた。そして、自身の顔を割り開いた双丘の奥に近づけると舌先を伸ばして、赤く熟れた蕾を舐めた。
「ひぃっ! やだ……汚いからぁ! 真吏さん、やめてっ」
「汚くなんてない。清めてやる……」
確か克臣にも同じことをされた。ローターを入れられた後孔に無理やり舌を捻じ込んできて……。
その時の事が思い出され貴滉は恐怖に震えた。そしてまた、真吏の舌が濡れた蕾にするりと入り込んできた。
「あぁ、いやっ! そんなこと、しないでっ」
喉を震わせて声をあげた貴滉に気付いた真吏は、一度舌先を引っ込めたが再び蕾の中へと差し入れた。ピクンと貴滉の体が小さく跳ねた。
一度ドライで絶頂を迎えると、ちょっとの刺激でも断続的に絶頂が訪れる。貴滉は自身の中で蠢く真吏の舌の感触をありありと感じて腰を揺らした。
これも克臣とは全然違う。なぜだろう……真吏に与えられる愛撫はどこもかしこも気持ちがいい。それに、体の芯が火照るように熱くなり、その熱が膨張して体の隅々まで広がり、更なる期待をしてしまう。
「――気持ちよかったら、イっていいぞ」
彼が蕾に唇を触れさせたまま喋るだけで、またあの何とも言えない愉悦が全身を駆け巡る。
「ダメ……ッ。イ……イッ……イッちゃう……からぁ!」
ビクン。背中を弓なりにして体を跳ねさせた貴滉は二度目の絶頂を迎えた。ペニスからドロッとした蜜が滴り落ち、バスルームに甘い香りが広がった。その香りは花の蜜にも、オスを引寄せるためにメスが放つと言われている麝香にも似ていた。
立っているのも辛くなるくらい脚が震えている。真吏は名残惜しそうに何度も蕾に自身の唾液を塗すと、貴滉の体を支えるように立ち上がった。
体を打つシャワーの水圧が心地いい。体を包み込む真吏の腕の力強さにうっとりと目を閉じた時、腿に当たる硬いモノの存在に気付いた。やっと焦点が合い始めた視線をそちらに向けると、濡れて肌に張りついている真吏のスラックスの中央が大きく膨らんでいることに気付いた。布越しでもハッキリ分かる雄々しいその形と大きさに息を呑んだ。
一瞬、クラブでの強引な口淫を思い出したが、それよりも貴滉は率直に「欲しい」と感じていた。
恐る恐るそこに手を伸ばすが、寸でのところで真吏に制されてしまった。
「逆上せる前に出るぞ……」
「真吏……さん」
「どうした?」
「真吏さんは……いいの?」
ちらっと視線を向けた貴滉に気付いたのか、バツの悪そうな笑みを浮かべて濡れた金色の髪を掻き上げた。
「――ったく。節操なしだな。それより、お前も出したいよな? 一緒に出すか?」
「え?」
真吏は自身のスラックスの前を寛げると、今にも弾けそうなほどに膨らんだペニスを引っ張り出した。大きく張り出したカリ、太く硬い茎、その根元にあるα性の特徴である亀頭球。血管を浮き立たせ、赤黒く変色しているところを見るとすぐにでも射精しそうな感じだ。
それを数回手で扱き上げてから貴滉と向かい合う。そして、蜜を溢れさせている貴滉の茎をやんわりと掴むと、そこに自身のペニスを重ねた。
ドクドクと脈打っているのが分かる。それが一番敏感な場所に触れ、貴滉はそれだけで心臓が大きく跳ねた。
貴滉の薄桃色のペニスと赤黒く変色した長大なペニスが、真吏の大きな手によって一つに纏められ扱かれていく。互いの蜜が混じりクチュクチュと卑猥な音を立てて擦れ合う様は、何より淫靡で気持ちが良かった。
ペニスを扱く一方で、真吏は少しだけ身を屈めると貴滉の胸の飾りに舌を這わせた。硬く尖った先を舌で押し潰され、時に歯を立てられるたびに後孔にキュッと力が入る。
「はぁはぁ……しんり、さん……気持ち、いい……っ」
「俺もだよ、貴滉……。すぐにイキそうだ」
「俺も……あぁ、イキそ……っふぁ」
彼の指が互いのカリの根元を擦りあげた時、体の中に渦巻いていた熱が一気にそこに集まり隘路を駆け上がった。
「あぁ……出ちゃう。出ちゃう……っ! あぁぁ――っ!」
「イク……イクッ!――っぐぁ」
真吏が苦しそうに眉を寄せ低い声で呻いた瞬間、鈴口から溢れるように飛び散った濃厚な精液が彼の手をしとどに濡らした。同時に貴滉も先端から白濁を吹き上げていた。
胸にまで飛んだ精液が喘ぐたびにゆっくりと流れ落ち貴滉の下生えを汚した。その筋を辿る真吏の舌が貴滉の肌を這い、舌先で掬うように白濁を舐めとった。
そして二人の精液で濡れた指を貴滉に見せつけるように舐めると、野性的な光を宿した瞳が妖しく輝いた。微笑んだ口元には長く伸びた犬歯が見え隠れしているところを見ると欲情していたようだ。真吏もまた貴滉と同じように、ムスクの香水とは違うスパイスの効いた甘い香りを放っていた。その香りの心地よさに、うっとりと目を細める。
「久しぶりの感覚……悪くないな」
真吏の右腕にトライバル・デザインのタトゥーが施されていた。透けたシャツの袖は張りつき、筋肉質の腕をより力強く見せている。貴滉はそれを見ても不思議と恐怖や偏見はなかった。むしろ、真吏らしいとさえ思える。
羞恥に俯いていた顔をおずおずとあげると、彼と視線がぶつかった。どちらからともなく唇を深く重ね、舌を絡ませるとピリッと電流のようなものが流れた。初めて出逢った時と同じ……。そして、蕩けてしまいそうな心地よいキス。
目を開けたまま互いに唇を触れ合わせ、照れたように笑い合う。
「――全部話せ。この三日間、何があったのか……」
「はい……。嫌いにならないで……くださいね」
「なるわけない……。何があっても俺は、お前を……」
その続きは重なった唇の奥で聞こえた。貴滉は堪えても次々に溢れてしまう涙を止めることが出来なかった。
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