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第2話 ①

 もちろん、調子に乗りすぎたツケはすぐに訪れる。  床について以来、ヨシュアはまんじりとも出来ずに天井を睨み続けていた。もうかなりの時間が無駄に費やされている。締め切った木製の雨戸が辛うじて通すのは、敷地内で飼われている鳩の鳴き声くらいのもの。目が闇へと慣れるにつれ、天井へ浮かぶ染みの形もはっきりと分かるようになる。まるで目覚める直前に見る悪夢の如く、それは鎮痛剤でむかつく胃の底へずっしりと溜まった。  恥入り、後悔したそばから過ちを犯してしまった。そう、これは間違いなく過ちだ。自らが狐であることを知っているならば、例え鍵が開いていたとしても、飼っている農夫に招かれたとしても、絶対に鶏小屋へ入ってはいけなかったのに。  煩悶が雪だるまじみた勢いで膨らんでいくのは、昼間の記憶を発掘する作業の他に、この狭苦しい部屋も間違いなく関係している。前任の寺男を追い出すまでと案内されたのは、生徒や聖職者達の私室として使われている棟の一間だった。教師達は宿直を勤める場合を除き、殆どが街から通っているらしい。 「ちょうど先生用の部屋が一室空いていました。宜しければ、ずっとここを使って頂いても構いませんのよ」  ノイマイヤーの提案を、ヨシュアは慇懃な態度で固辞した。寝台と小さな机を辛うじて入れることの出来る部屋は、他の囚人達に動けなくなるほど殴られた時、隔離のため放り込まれた独房を簡単に思い起こさせる。  一人になってから最低限の荷物のみを解き、食欲がないからと夕飯の席にも赴かず、ヨシュアは憂鬱と戦い続けていた。閉ざした扉の前を生徒達が駆け抜ける騒がしい足音や、心底楽しげなはしゃぎ声が、苦しみを助長する。  飛び込んでしまったからには仕方がない。後はどうやり過ごすかだ。言い方は悪いが、それ以外の方法がヨシュアにはどうしても思い浮かばなかった。  刑務所の医師は、彼の欲望を取り除いてくれるはずだった。だが身体の機能が失われても、魂は穢れきったままでいる。寧ろ頭は、これまでよりも些細な事に反応し、気を異様に昂ぶらせては、安穏とほど遠い位置へ追いやった。  余りにも大それた手術を受けたところで、罰を受けたと、心が思い違いを起こしたのかもしれない。母がなけなしの金をはたいて雇った弁護士は、刑期短縮の為にとこの手段を提案した。けれど本当のところ、ヨシュアは内心望んでいたのだ。生まれ変わることが出来るのならば、その代償として大きいと感じるものなどありはしなかった。  深く根差した罪こそが、実は自らそのものであると、信じたくはなかった。疑心もまた、悪徳なのだから。  罪を滅ぼすには、更なる罰が必要なのだと、理解はしている。問題は、どのような方法で受ければいいのかが分からないということだった。  懊悩はやがて疲労に変わり、見開いていた瞼を重くする。  うつらうつらと船を漕いでいたのは、一体どれ位の間だろうか。ヨシュアの意識を浮上させたのは、夜の帳が作る静寂へ障る足音だった。それともこれは忍び足自体ではなく、長く張られた廊下の板が、彼らの体重を受け止め、撓み軋んでいるのかもしれない。

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