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第3話
今度は俺が目を見開く番だった。
酔ってないだと?
てことは頭が正常に動いている最中に、そいつとセックスしようって決めたってことか。
弱火になりかけていた怒りは、一気に強火へと変わる。
「てめぇ! やっぱりそいつが好きなんじゃねぇか!」
「だから違うよ~! 本当にしーちゃんが大好きなんだってぇぇ」
春の着ているシャツは、俺が思い切り引っ張るから襟元が伸びきっている。
やっぱり意味が分からない。
さっきから春は『しーちゃんだけ』だとしきりに言うけれど、お互いの合意無しにセックスなんて出来ない。
ハッとした。
つまり、今回の浮気は単に性欲処理が目的だったという意味だろうか。
まさか、欲求不満だった……?
春だけが悪人だと思っていたけど、もしかしたら俺にも問題があったんじゃないか。
いや、そんなことはない。
誰かと比べることは出来ないけれど、セックスは上手い方だと自分では思っている。
決してマグロになっている訳じゃない。
基本受け身だけれど、ちゃんと春に気持ちよくなってもらえるように色んな箇所を触ってやるし、愛情表現をしっかりしていたつもりだ。
ただひとつ、気になる点は回数の減少だ。
ここ最近、残業続きで疲れていて、春の誘いを断ったことが何回かある。だがその代わり、休みの日にしたりだとか、埋め合わせはしているつもりだった。
それが、いけなかったのか。
春も決して、性欲が強い方ではないから大丈夫だと思っていたが。
しかしだからと言って、他人のアレにチンコを突っ込んでいい理由にはならない。
不満があったんなら、直接俺に言えば良かったんだ。
はい、てことで、俺は何にも悪くない!
「……呼べ」
「……何?」
春は恐る恐る、俺の顔を覗き込む。
「浮気相手、今すぐここに呼べ。ぶちのめしてやんよ」
ぶちのめす、というのは俺が怒りMAXになった時にだけ出る言葉だ。
俺は昔、少々やんちゃしていたことは春にも話してある。
春は血の気を引かせた顔をして、俺の腕を持った。
「え、そ、それは……」
「なんだよ。まさか名前も知らない奴とした訳じゃ無いだろ?」
「うん……」
「連絡先は?」
「知ってる、けど」
「はい、電話してー」
ダイニングテーブルの上に置いてあるスマホに向かって顎をしゃくると、春は唇を擦り合わせて足をモジモジとさせた。
「でもあんまり、会わない方が、いいかも……」
歯切れ悪く言う春を見て、もう一つの仮説が降りてきた。
「まさか、俺の知ってる奴?」
「……うん」
誰だ。
誰だ誰だ。
明らかに、ゲイバーに入り浸ってる奴の誰かだ。
順に友人の顔を思い出している最中、春はさらに付け加えた。
「あと、その人ちょっと今……これだから」
自分の頬を上から下へ人差し指でつつーとなぞった。
傷? は? ヤクザ?
そんな危険な奴とヤっちゃったの?
春が俯くので、俺もちょっとたじろぐ。
ヤクザの知り合いなんていないけど、仲間たちの職業をバッチリ把握している訳じゃない。
いや、仮にヤクザだったとしたらなんだ。やんちゃしていた頃の自分を思い出せ!
「上等だよ! ほら、早く電話しろ!」
「ん、わかった」
気迫に押された春は、スマホを操作する。
相手の名前は『N』となっていた。
律儀にもカムフラージュしていやがる。
春は発信ボタンを押して、すぐにスマホを耳にあてた。
俺がすぐ横にいるのが緊張するみたいで、大きな瞳をキョロキョロと動かしている。
しばらくしたら相手が電話に出たらしく「あ」と声を出した。
「あの、俺だけど……ちょっと話があって、これからって空いてる? ………え、レイトショー? あぁ、それ面白そうだよね………今日最終日なの? そっかぁそれは観たいよねぇ……じゃあそれ観終わったら俺んち……」
俺は素早くスマホを取り上げ、一方的に捲し立てた。
「映画はDVDで観やがれ! 超絶大事な話があるから、今すぐ春の家に来い!! 絶対だぞ! 逃げたら承知しねぇからな!」
電話を切って、春の胸へスマホを投げる。
「ここの地図送っとけ。俺は今から風呂に入ってくるから、部屋片付けとけよ」
「うん、分かった」
不安と緊張の色を隠しきれない春だったが、それは俺も同じだった。
だが俺は、負けない。
春と浮気相手諸共、ボッコボコにしてやんよ。
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