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第12話 もう離さない
大通りから一本裏に入った筋にある有料パーキングで車を停めて歩くことになった。小さな公園があり、雑居ビルが建ち並んでいて、薄暗い場所だった。自動販売機だけが明かりらしい明かりだった。
辺りには誰もいなくて僕たちだけだった。斎藤君の左手が妙に開かれていて、僕に向けられていることが分かった。そしてその手が小刻みに揺れた。つながっている実感が欲しくなって、衝動的に斎藤君の手を握ってしまった。
すると、待ち構えていたように斎藤君も僕の右手を握り返してくれて、手をつないで歩くことになった。
「誰か来るまで、いいよね?」
僕がそう言うと、斎藤君は真面目な顔で僕の方を見て、
「誰か来てもいいよ」
と言った。そう思ってくれているだけで嬉しくて幸せだった。
「そう言えばさ、ヨネっち、アパート一緒に見に行った日、本当は普通に欠勤だったんじゃねえの?」
「……なんで、分かったの?」
「顔見てたら分かる。悪かったな、ごめんな」
「ううん、いつでも休むよ、二人の記念日が増えていくなら」
「俺も」
「斎藤君はダメ」
「なんで?」
「斎藤君には仕事頑張って欲しいから。そういう斎藤君が僕は好きだから。職場の第一人者になって斎藤君らしく活躍して欲しいから。斎藤君なら絶対できる」
「……ありがと。そっか、ヨネっちがずっと支えてくれるなら、そうしまーす」
「もちろん支えるよっ」
お互いに微笑み合った。細い路地から人影が現れた。よく見ると、その人影は女性の二人組で僕たちみたいに手をつないでいた。その二人とすれ違った後、手をつないだまま僕たちはまた顔を見合わせて微笑んだ。
大通りが見えてきた。車が右から左に流れていて、昼間のような明るさがこちらまで届き始めていた。
「じゃ、そろそろ」
僕がそう言って、手を緩めると、
「俺は離さないよ」
と斎藤君は固い声で言った。冗談だと思ったけれど、斎藤君は手を緩めなかった。抵抗する余地を全く作らせないように僕の手はかっちりと握られた。
「え、でも、もう大通りに出ちゃうよ」
「だから? 悪いことしてるわけじゃねえし」
「でも変な目で見られるよ」
「どう見られてもいいよ、そんなの。それにヨネっちからつないできたんだろ? 俺は絶対にこの手を離さないからな」
「先に開いて揺らしてたし、斎藤君の手」
「なんのことっすか?」
戸惑う時間もないまま、大通りの喧騒の中へ出てしまった。
「ええ……」
車の音、ヒットチャートの音、人の声の音、いろんな音が僕たちを取り囲んだ。
立ち向かわなければならない音がたくさん響いていて、そう簡単には心が休まらなさそうだった。でも、二人なら、なんとかなるかもしれないと思った。
同世代くらいの若い男子たちはヒューヒューという高い声を僕たちに浴びせ、女の人は僕たちから視線をそっと外し、サラリーマンの人はにやにやしながら僕たちを見ていた。
「まあまあな数の人から見られてるよ。斎藤君、本当にいいの?」
「俺はいいよ。ヨネっちは?」
「僕もいいけど、ちょっと恥ずかしい」
「だいじょーぶ」
「だといいけど」
「俺はもう後戻りしない。ちゃんと付いて来いよ、大先輩」
「たぶんねー」
「からのー?」
「もちろん、付いていきます、後輩っ」
斎藤君は僕を見ながら、にこっと笑った。僕も斎藤君を見上げて、微笑んだ。
僕の手にさっきよりも強い力が加えられた。一瞬で手が熱くなった。
もう僕一人の力じゃ、ほどけないと思った。
七色のネオンが夜を暗闇にさせないみたいに、この手の温もりが僕の存在を見える形にしてくれていた。
(了)
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