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第11話 さようなら、ピエロ
梅雨に入る前に斎藤君の引っ越しは完了した。斎藤君の勤務先の人や友人たちも手伝いに来てくれた。中川も共通の友人に誘われて来ていた。
「実に久しぶりだね、米浦」
「めっちゃ久しぶり。っていうか、また太った? 顔が三割増しになってる」
「否定はしない」
僕が笑っていると、いつの間にか斎藤君がこちらに駆けて来ていた。
「おうナッカン、今日サンキュな。超助かる」
「いえいえ、こちらも何かと過去に助けてもらったしね。あ、そうだ、石田もね、地元の大阪で営業として頑張ってるみたいだよ」
「おう、そうなんだ、今度メッセしとくわ俺からも」
石田のことを話す二人の顔は遠くにいる友人をただ懐かしむ純粋な顔をしていた。石田は、僕が石田に告白したことをさすがに人には話してないんだなと確信できた。
石田にとっても、あのことは話しにくいことだろうとは思う。
会話が続くうち、中川が僕と斎藤君を交互に見て少し首を傾げたので僕は胸騒ぎがした。
「どうかした中川」
「いえ何でもない」
と言って眼鏡を上げた。僕は、気のせいにしておこうと思った。
僕も友人の一人として参加したけれど、斎藤君に指示されるままに、みんなにお茶を出したりお菓子を配ったりして忙しかった。まるで斎藤君側の人間のような立ち位置になっていたので、ちょっと気恥しくもあり、嬉しくもあった。
家具や家電も大きなものはだいたい誰かから譲り受けていて、キッチンで使う小さなものだけを一緒に見に行って僕の意見のままに購入した。
「斎藤、なんでベッドだけデカいの? シングルでいいじゃん、セミダブルて、女引っ張りこむ気まんまんじゃん」
同僚の一人がそう言い出した。
「いやいや、俺自身がそもそもガタイがデカいし? ゆっくり寝たいだけだし?」
そんな会話が向こうから聞こえてきた。
「またまた、お前休憩中にいっつも誰かに可愛い絵文字送りまくってんじゃん」
「ちげーよ。うっせーてか、お前覗き見すんなや!」
「お前が無防備すぎんだよ! にやにやしやがっていつも」
男たちの低い笑い声が辺りを包んだ。その可愛い絵文字の送信先は僕だ。毎日いろんな絵文字が届く。僕は聞いていない振りで、キッチンに一人入って段ボールを開けてお皿などを取り出した。
作業が一通り終わって、斎藤君はみんなにお礼を言って見送った。
「後はこっちでできるから大丈夫、みんなほんとマジでありがとう。なんかあったら今度は俺が手伝うから言ってね」
すると、共通の友人が僕の方に向いた。
「米浦も途中まで乗ってく?」
「あ、ヨネっちは俺が送ることになってっからいいよ、先帰って」
と僕より先に斎藤君が答えた。するとその友人は少し怪訝な顔になった。
「なら、こっちが送った方が斎藤が楽でしょ?」
「いい、いい、いい、ヨネっちに用事もあるし、な?」
斎藤君はこちらを向いた。
「う、うん、か、借りてたもの、いろいろあって……返さなきゃなって」
と言うと友人も納得して車に乗り込んだ。するとまだ乗り込んでいなかった中川が僕たちの前に来た。そして、また首を少し傾げて、並んで立っている僕たちを見据えた。
「斎藤君と米浦、なんか、なんだろ、なんか違和感がある」
僕は、妙な勘だけは働く中川にどぎまぎしながら答えた。
「何言ってんの中川。映画の見過ぎじゃない」
「いや、おかしい、妙な違和感がある。不思議な違和感が二人に漂ってる」
僕が笑いを堪えていると、斎藤君が口を開いた。
「ナッカン、その違和感、正しいかも。ナッカン才能あんじゃん。大丈夫だね」
「何が大丈夫ということ?」
「映画監督するんでしょ? そういう鋭い感覚も大事じゃねってこと」
「鋭いということは、二人はもしかして……」
「そう、そのもしかして」
斎藤君がそう言いながら僕の肩を引き寄せて体を密着させた。それには動じずしばらく考え込む顔をしていた中川が、ぱっと顔を上げた。
「貸し借りで揉めてやっと仲直りできたってとこだね? どうこの推理」
僕は口に手を当てて笑ってしまい、斎藤君はかくっと軽くこけて見せた。運転手の友人に促されて中川はまだ解せない表情を浮かべたまま手を振って車に乗り込んだ。斎藤君と二人でみんなの車に手を振った。
「中川って鋭いのか鈍感なのか紙一重って感じだね」
と僕が言うと、斎藤君は意外に感心したような顔つきをしていた。
「いや、ナッカンがさっき言ったこと、真実を言い当ててる」
「え? 僕がさっき借りたものがあるって言ったことをそのまま応用しただけだよ」
「いや、俺とヨネっちの今までは貸し借りだったんだよ」
「ちょっと……僕にはよく分かんないけど、揉めてないし」
「お互いのことよく分からなくて知らなくて、気持ちを投げても受けてもなんか現実じゃない感じがしてて、その気持ちは自分のものでも相手のものでもない感じがしてて、だから勘違いしてすれ違ってたけど、やっと真っすぐにお互いのことを見れるようになったってこと」
「なるほどねっていうか、斎藤君も中川と映画の話したら盛り上がりそう」
「なんで?」
「何かのどこかの感性が同じような気がする」
「マジで、受けるそれ!」
斎藤君は笑いながら僕の肩を抱き寄せて歩き出した。
部屋に入ると、斎藤君は当たり前のように「ヨネっち、そっちな」と言って僕に片付けをさせた。僕は言われるがまま段ボールやゴミを片付けた。
僕の担当は終わったのでキッチンで軍手を外そうとしていると、いきなり後ろから抱きしめられた。
「あっ、びっくりした、もう」
「やっと二人になれた。でもさ、さっきの借りたものがあるって口実ナイスだったね、ヨネっち嘘うまい」
「やめてよ、無茶ぶりするからじゃん、それ早速中川にも拝借されたしね」
「ははは。でもナッカンは真実を言い当ててくれた」
斎藤君は後ろから僕に体重をかけた。
「……重いよ、んもう」
「俺に後ろ姿見せるからこうなるの」
斎藤君は片腕で僕を抱きしめていることが分かった。空いている方から抜け出そうとしたそのとき、僕の目の前に突然何かが現れた。斎藤君がもう片方の手で僕の目の前にそれを差し出していた。見たことのあるものだった。
「はい、これ。間に合ってよかった」
濃いブルーのタータンチェック柄のテディベアがピエロの衣装を着て、ホワイトチョコレートの箱を抱っこしていた。
「え……。これって……」
「そう。あのときの」
大阪から東京にみんなで帰るとき、サービスエリアのお土産屋で斎藤君が選んでいて、横から僕が思わず「可愛い」と漏らしたものだった。
「これって、そのとき付き合ってた彼女に買ったんじゃ……」
「いや、違う。彼女の話は嘘。付き合ってとは言われたけど断った」
「え……、でも、いくつか買ってたよね、これと同じタイプのやつ」
「おう、それは姪っ子と甥っ子に。だから紛れてこれも買えた。いつか必ずヨネっちに渡そうと思って買った。ヨネっち、チョコはホワイト派だって言ってたしね」
「うん……」
「賞味期限今月末だったから間に合ってよかった」
「……ありがとう」
僕はそれを手に取って抱きしめた。斎藤君は後ろから長い腕を回して、ぬいぐるみを手にしている僕の手を握ってさらに強く抱きしめた。そして僕の耳元に口を近づけた。
「ずっと一緒にいよ。ヨネっちもここに来いよ」
「……ほんとに僕なんかでいいの?」
「もしかして島谷さんとのことまだ気にしてる?」
「うん……」
「だと思った。らしい。はっきり言ってどうでもいい。現に別れたじゃん」
「でも、そんな僕のこと、いいとは思わないでしょ普通は」
「いいや、ヨネっちの過去じゃんそれは。俺とヨネっちがお互いにお互いのこと知る前だしね。それに、もっと言えば、俺に勇気がなかったからヨネっちに遠回りさせたようなもんだからな。ごめんな、もっと早く迎えに行けばよかったな」
僕は堪えていたものが湧き上がって流れ始めた。
僕は思春期の頃から男性に愛されたいとずっと思ってきた。島谷さんに愛されたときは確かに幸せを感じていた。でもそれは束の間で終わって別の哀しさに耐える必要があった。
「泣くなって」
僕は柔らかい斎藤君の気持ちを抱きしめて、中のチョコが溶けないか心配した。斎藤君はそんな僕の心配なんか気にすることもなく、僕を後ろから強く抱きしめ続けた。
「いいの……僕でも、なんか恐いんだよ、誰かと恋愛するのが。あれだけ憧れてたのに今は恋愛が恐くて……」
斎藤君は、僕をくるりと回した。僕は斎藤君を見上げた。
「何回言ったらいいの。俺はヨネっちが一番大切。ヨネっちと一緒に生きていきたい」
「……僕だって、ほんとは……ほんとは斎藤君と……生きていきたいよ」
今度は前から抱きしめられた。僕は斎藤君の胸に顔を埋めて声を上げて泣いた。
斎藤君は僕の体を右に左に揺らし始めた。僕はその動きがなんだかおもしろくて涙がおさまった。
「ええ、危ないよ、ちょっと、もう」
斎藤君は僕とテディベアを一緒に抱きかかえて、移動し始めた。
「なにしてんの、ちょっと、ええ」
どこに行くのかと思ったら、部屋に入って、ベッドに優しく降ろされた。かと思ったら斎藤君の体が上に来ていた。
「え、あっ……」
斎藤君は両手をついて僕を見下ろして、じっと見つめてきた。そして僕の残った涙を指で拭った。
「このベッドは二人で最初に使うって決めてたから。キッチン道具も何もかもヨネっちと使うために買ったから」
「ちょっと待って……汗かいたままだし」
「ダメ、待たない。汗とかどうでもいい。もう観念しろよ。今度は俺が鬼になる番。俺はヨネっちさえいてくれたらそれでいい」
「じゃ、で、電気は……」
「消さない」
だんだん下りてくる斎藤君の顔から逃げようと思えば逃げられたのに、逃げずに待っている自分がいた。
キスが始まった。斎藤君は僕の頭と背中に手を回して、僕の股の間に体を埋めた。大きな体が圧し掛かるとその重みが僕の全身に心地良さを与えた。
もう遠慮なんていらないよなって言っているみたいに、僕の口に斎藤君の生暖かいものがすぐに入ってきて、全てを触るように動き回った。
「んんん、ふぅん、うう……」
その激しい動きに合わせるように僕一人分じゃない唾液が口の中に流れてきた。それが溢れそうになったので僕は思わず飲み込んだ。
「……っん、うっくん」
斎藤君はその音と振動に気付いたのか、いったん唇を離して僕の顔を見ると、口角を少し上げた。
「俺を飲んでくれたんだ、ヨネっち」
僕は斎藤君の目を見ながら黙って頷いた。
「可愛い……。俺、もう止まんないよ。お前のこと抱きたくて抱きたくて……」
さっきよりも勢いをつけて僕の口に吸いついた。斎藤君の口からどんどんそれが移ってきて、何回飲み込んでも間に合わなくて、僕の唇の端からそれが流れるのを感じた。
「んふう、っくん、んふんふ、んんん……っくんっくん」
斎藤君の口からは蛇口を捻ったように唾液が出た。ときどきそれを僕の口から逆流させるみたいに吸い上げた。こんなに飲み込まないと窒息してしまうキスは初めてだった。
耳を甘噛みされて僕は声を出して顔を右に背けた。
「あはあ、ああ、だめ……」
気付かないうちに手から放していた濃いブルーのテディベアが、ベッドの上で壁にもたれてちょこんと座ってこちらを見守っていた。
斎藤君は執拗に耳の中に舌を入れた。舌が動くたびに濡れた言葉も一緒に入ってきた。
「気持ちいいんだ? そんな声出して。俺がどんだけお前のこと好きか教えてやる」
首筋に熱い軟体を感じた。何度も往復して首を甘噛みされた。
「あんっ、あ、は、んん、ひぁ……ああ」
「俺だけのものだから」
斎藤君は僕の首筋を力いっぱい吸い出した。何度もしゅぱっと音が鳴ってから、斎藤君は顔を上げて僕の首筋を見た。
「はい、ついた、キスマーク」
「え……だ、め、だよ」
「誰が見てもヨネっちには恋人がいるって思わせないと」
「もう、しご、と、もあるのに……ああ、はあっ」
斎藤君はまた僕の首筋に吸い付いた。もうだめだ。僕の体は斎藤君を刻んだ。だめだと思っているのに抵抗できない。
「んんん、うぅ……ふんんん」
息継ぎもできないまま唇を奪われた。僕が吸えるのは斎藤君の口から移ってくる唾液だけで、鼻からの空気じゃこの胸の高まりには追い付けなかった。
斎藤君は急に体を起こし、僕の上半身も背中に手を回して起こした。僕は、斎藤君の膝をついて広げた脚の間にテディベアみたいに座る格好になった。そして着せ替え人形の服を替えるみたいに僕の上半身を裸にして、斎藤君も上半身の服を脱いだ。褐色の肌には締まりすぎていない厚めの筋肉が盛り上がっていて、広い肩幅が僕の胸をうずかせた。
僕は、今日はもうこの辺で許して、という気持ちを込めて斎藤君のことを見上げた。するとそれは逆効果だったみたいで、斎藤君は僕の顔を撫で始めた。
「ヨネっち、今いい顔してる……。俺その顔好きだわ。こんなに口の周り濡らして……」
斎藤君はごくんと自分の唾を飲み込んで、僕の口の周りを指で拭った。そして僕の頭と頬に手を添えてキスをしてきた。啄むような短いキスが何度も繰り返されて、僕の口の周りを舐めた。
急に押し倒されて、僕の胸に二つある先端を交互に執拗に口に含んだ。舌が何かのマシーンみたいに動いて、小さな突起を唇で挟んで甘く引っ張られた。
「あっ、はっ、んっ、あ、だめっ、い、だめっ」
僕の体はびくん、びくんと小刻みに動いた。目を開けることはできなくて、枕を握ってないと快感に全てを支配されそうだった。あちこちに斎藤君の舌が動いて、その舌がまた乳首に戻ってきて同じことをされた。斎藤君の動きは全く止まらなかった。次から次へと間断なく舌が小刻みに動いて僕の体を濡らし回った。
体を回されたと思ったら、背骨に沿うように腰からうなじにかけて舌が上ってきた。うなじに到達する頃には、僕は首を反らせて高い声で喘いでしまった。斎藤君が僕の首と耳を甘噛みしたら、また体を回転させられて仰向けに戻った。
腕を枕の横に押し付けられた。僕は押し付けられなくても、もう抵抗する力は微塵も残ってなかった。すると、脇を舐められた。
「あああ! そこ、だああ、めえ、あっ、だって!」
悲鳴に近い声が出て体がよじれた途端に、斎藤君は僕のズボンを下ろした。パンツの上から僕の固くなったものを啄み、甘噛みをして鼻ですーっと息を吸った。
「ヨネっちの匂いがする」
「はあ、はあ、ああっ」
僕のパンツを下ろして露わになってしまった僕のを斎藤君は躊躇わず舌でなぞって、口に含んで頭を上下させた。温かくて柔らかい弾力に包まれて、僕はまた声が出た。
「ああ、ああ、いい……はは」
斎藤君が頭を上下させながら自分でベルトを外そうとしていた。その金属音が合図のように僕の中のリミッターが外れた。僕は斎藤君の顔を持ち上げて僕から外した。きょとんとしている斎藤君の口に自分からキスをして舌を絡ませた。
「僕が脱がせてあげる」
膝をついた斎藤君のジーパンに手をかけた。ジーパンの生地にも負けないくらいにそこは膨らんでいた。ジーパンを膝まで下ろすと、ボクサーパンツのウエストのゴムから先がはみ出していて、その先端がぬめりで光っていた。はみ出した部分からその全部の大きさを予想すると、僕も喜びが心に収まらなくなった。
ほどよく毛深くてがっちりした太ももにすがりついて、斎藤君の膨らみに顔をこすりつけた。僕の顔より長いそれは僕のうずきをどんどん湧き立たせた。額に冷たい感触がして、斎藤君のぬめりがついちゃったんだと思った。斎藤君の低い吐息が聞こえた。
「斎藤君の匂いがする……」
僕は斎藤君を見上げた。斎藤君は僕の後頭部に手を添えながら上からじっと見ていた。まるで僕から懇願するのを命令しているような強い目線だった。
「……なめても、いい?」
「いいよ」
「……じゃ……寝て」
斎藤君はジーパンを全部脱いでパンツのままベッドに横になった。僕は斎藤君の上に乗ってキスをした。大きな乗り物に乗ってはしゃいでいる子供のように僕は一生懸命にキスをした。斎藤君は僕の腰を抱き寄せて応えてくれた。
僕は、斎藤君の乳首を猫がミルクを舌で飲むようにチロチロ舐めた。斎藤君は、最初は息を漏らしたけれど苦笑に変わってこちらを見た。
「くすぐったいよ、俺は上はいいから」
僕は斎藤君を見ながら、顔を斜めにして、舌をそのまま這わせて下まで動いた。斎藤君の目が僕の顔をずっと追いかけていた。
「やらしい……その顔……」
斎藤君のパンツからはみ出している部分だけをぺろぺろ舐めた。海の味がした。とろっとした海の雫が肉棒に滴り始めたのでじゅるじゅると吸い込んで飲み込んだ。この体液が斎藤君のものだと思うと、自分の一部にしたくなった。
「ああ、は、あ」
斎藤君がやっと頭を反らせて、ちゃんと声を出してくれた。僕はそれが嬉しくて、そろっとパンツを下ろしながら、ずっとそれに舌を這わせた。やっぱり斎藤君のはみ出していた部分は氷山の一角だった。思ったより大きくて太い斎藤君をまんべんなく舐めるのは大変だった。斎藤君がたまらず自分でパンツを脱ぎ捨てた。
斎藤君のを手に持つと、自分の手首を握っているようだった。
「おっきい……」
僕はまず傘だけを口に含んで切ない味をきれいに飲み込んだ後、口の奥に進めた。歯が当たりそうになって、もっと顎を開いた。上顎と舌で挟んで動かした。
「あああ、いい、はああ、超気持ちいいっそれ」
斎藤君のものが喉まで届いた。むせ返りそうになったけれど、それが斎藤君を受け入れるということのような気がして、その気持ちを知って欲しくて、僕のことなんか好きにしていいんだからと喉の奥で訴えながら夢中で頭を上下させて飲み込み続けた。
「だめ、いきそうだよ」
斎藤君は僕から自分を外した。僕の体の芯が取れたみたいに口に空気が入ってきた。
「いっていいよ、出していいから……」
「口で?」
僕は、四つん這いのまま、黙って頷いた。
「ヨネっち、可愛いよ……でもまだだめだよ」
それから斎藤君は僕を逆向きで上に乗せてお互いを舐めることになった。僕はまた口と手で斎藤君を感じさせた。斎藤君が僕のを口から外したかと思うと、僕のお尻の方に鼻息がかかった。えっと思う間もなく、なんの躊躇もなく斎藤君は僕の閉じている入口を入念に舐め始めた。
「あんっ、はああん、あ、だめ、汚いよそこ、あ、あ、あ、洗ってない、からだめっ」
斎藤君は僕のお尻の頬にキスをした。
「汚くない、ヨネっちのはどこもきれいだよ」
そう言い終わらないうちに、僕の真ん中の入口で舌がすごい速さで動いた。まるで柔らかい力で徐々に開いていくように、だんだんにゅるにゅるした感覚が内側に迫ってきた。
内側に、ざらつきのある生温かいものが這うと、入口にはない感覚が巻き起こって、我慢できないくらいの快感が走る。全身の隅々に甘い痺れが流れて、自分が誰なのかも忘れてしまうくらいに、場所も時間も飛んでしまう。
「あああ! だめ! それ以上はだめ! あっ! あっ! 壊れちゃうよ!」
僕は自分でもなんて声を出してしまうんだろって嫌になるくらいに叫んでしまった。斎藤君の舌が僕の中に入っては出てを繰り返して中の粘膜を強く撫で回した。
急に快感が消えたと思ったら、斎藤君は口を開いた。
「俺のも咥えて」
僕は両手で握ってしがみついたままで口で奉仕することを思わず忘れていた。斎藤君のものをまた夢中になって頬張った。
しばらく感じさせ合った後、斎藤君が動きを止めて僕の体の下から出てきた。
「お尻舐めたときすごい声出すね」
「だって……」
「どんな顔してあんな声出してるのか見たい」
僕は仰向けになって両足を上げられ、腰が浮いて、足が僕の顔まできて、濡れた穴が天井を向いた。
「苦しくない?」
「うん」
と返事をした途端に、斎藤君は僕を見ながらまたすごい勢いで舌を動かした。
「あんはあ、はああ、だめ、あ、あ、ああ!」
斎藤君の顔の上半分が僕の割れ目から出ていた。斎藤君は僕を観察しながら、舌を僕の穴の中にねじ込んで抜き射しした。
「んんああ! ひぁぁああ! もう、もう、ああ、ああ! もう!」
斎藤君は急にやめて、僕の割れ目から顔を全部見せた。
「もう? なにが?」
「だめ、だめだってば……」
「なにが? ちゃんと言ってみろよ」
「……お、おかしく、なっちゃう、よ」
「俺の前だけなら、おかしくなっていいよ」
斎藤君はまた同じことを繰り返した。僕は声や叫びとは違う音が口から出て、苦しむように喘いでしまった。
こんなにアナルを入念に舐められたのは初めてだった。島谷さんにもこんなに執拗にはされたことがなくて、軽く舐められて反応を確かめられる程度だった。でも斎藤君は違う。入念すぎて恐いくらいだった。まるで下の穴から入って僕の体や魂までも占領する勢いだった。
斎藤君は切り替わったように、優しく僕に覆いかぶさって甘いキスをした。僕の片足を斎藤君の両足で挟むようにからめてきた。
お互いを舐め合った口で吸い合うと、また僕の下半身の出っ張りに何かが通過する感覚がした。それは、とろとろと音がするくらいに先端から滲み出た。斎藤君は僕を見つめた。
「ヨネっちは俺のものだからな」
「うん……僕は斎藤君のものだよ」
「大好きだよ」
「僕も」
また丁寧に穏やかにゆっくりと口づけをしてくれた。僕はむしろ、この時間が止まったようなキスが好きで、思わず鼻から甘えたような音が出てしまった。
「どうした? そんな子猫みたいな声出して」
「だって……」
「だって何?」
「感じすぎるんだもん、斎藤君のキス」
「言ったろ? 俺がどんだけヨネっちのこと思ってるか教えてやるって」
「……うん」
「ヨネっち、そろそろ一つになろっか?」
「え……」
「言っとくけど、俺かなりエッチだからな」
「……」
胸の中で塊が跳ねたみたいに、どきんって音が聞こえた気がした。
「その顔がいい……目がエロい……やばいよマジで、止まんないから俺、もう」
斎藤君は、僕の股を素早く開いた。斎藤君のしっかりした腰と脚が、僕の甘い抵抗の動きを止めた。
斎藤君は僕をじっと見ながら、数本の指に唾をつけた。大きな糸を引きながらその指を下に伸ばした、かと思うと僕の緩みの出てきた穴に指を入れた。
「んはあ! ああ……うはあっ、はあっ、ふああつ」
斎藤君の唾液がたっぷりついたそこは、にゅるっという音を出して指がスムーズに入ってきた。しつこく舌で広げられた分、もう受け入れる柔らかさになっていた。
「次二本」
さっきよりも窮屈になった。より多くの神経を刺激して体を駆け巡るスピードが一気に加速した。
「はっあ! ああん、んんあ、いい、ああいい、だめ! 出ちゃうよ、中から」
「ちょっとぐらい出てもいいよ、ヨネっちのは汚くない」
次の瞬間、急に穴が開いたみたいに僕のお腹が軽くなった。目を開けると、斎藤君の体がずんずんと僕に密着し始めて、僕の濡れ切った穴に大きなものを当てがっていた。
「このままでいいよな? 俺、ヨネっち以外の男とこんなことしてないから大丈夫」
「え、で、でも……」
「ヨネっちの体に俺を残したい」
僕は痛いくらいの緊張を感じた。思わず指を唇に沿えて気持ちが出ないようにした。
「その仕草可愛い。俺たち、なんか悪いことしてる?」
「してない……」
「だよな」
僕が答えようとした瞬間にはもう、斎藤君が入っていた。
「あ! あああ!」
僕は斎藤君の首を両手で持った。
「痛い?」
僕は何度も首を横に振った。やめて欲しくなかった。痛くもなかった。でもちょっとでも動けば、道を外れて飛び出てしまいそうで、僕は深呼吸を何度もした。ローションを塗ってないのに、愛撫で充分に広がって、斎藤君の濃い唾液が裸の斎藤君自身を進めるのに抵抗を持たせなかった。
裸のそれは、ひっかかったり、つまずいたりせず、ぐんぐん中に入ってきた。
「あああ、んんん、っううう、はん、ふうん、んんっいいああ!」
「ああ、気持ちいいわ、ヨネっちの中……とろっとろなのに締まってる」
斎藤君の腰が動くたびに、お腹の中のものが全部引きずり出されそうになる。心の奥に隠してる気持ちがあったとしても、それにも斎藤君が届いて掻き出される。何も思えなくて何も隠せない。体の中全部を裸にしておかないと許してもらえないような気がした。
斎藤君は腰を動かしながら、上半身を僕に重ねて、背中に片腕を回して、もう片方の手でからめるように僕の手を握って枕元に動かした。そして、僕の舌を舐めた。
斎藤君の舌が僕の口の中で唾液を掻き分け泳ぎ回り、生の性器が僕のアナルの中で居場所を奪うように暴れた。
僕はこんなに受け入れているのに、斎藤君はまだ足りない、まだまだ俺を受け入れてないって言ってるみたいに、僕に決して逃げ道をつくってくれなかった。
今度は乳首を吸い始め、舌がれろれろ動くたびに僕の声も体も快感で小刻みに震えた。
ぐるんと目が回った感覚がして、はっと気付いて目を開けたときには、僕は斎藤君の上に跨った状態になっていた。その瞬間、心臓を下から突かれた。
「んんん、あああっ! あたりすぎっ、ううああっ!」
斎藤君は「じゃ、ここは?」と言って腰を浅く構えた。両手を握り合った。一部分だけ違う神経がついているそこに棒圧を加えられると、ぐりんぐりんっていう音がそこで鳴っている気がした。別空間につながっているその小さな壁のせいで僕の筒は生き物になった。
「ああん!、あん、あん、そこっ、あはん、そこ、だけは、はん、だめ!、だめっ!」
斎藤君は僕の固くなってるものをしごき始めた。
「ああ、いい、それ、気持ちいい! はあん」
もうだめだった。お尻の刺激に後押しされて、一気に昇天しかけた。
「いっちゃ、……ちゃう、いっちゃう、あ、あ、斎藤君、僕いっちゃうよ!」
「いけよ! ほら、いけ! 俺の腹にめいっぱい出せ!」
「ああああああっいくっっっ、あっ! あっ! あっ!……はあっひ、はひ、あっひ」
僕の体は、絶頂の快感を体の外に逃がすように痙攣した。腰が小刻みに動き、首が項垂れた。その拍子に口から唾液が流れて落ちて、斎藤君のお腹に飛び散った僕の白い液と混ざった。痙攣が収まりかけている僕を見て斎藤君が口を開いた。
「ヨネっち……おいで」
僕は放心したまま斎藤君の大きな体に崩れ落ちた。まだつながったままの僕を斎藤君はそこが外れないように腰を浮かして優しく抱きとめてくれた。お互いの胸とお腹に僕の体液が広がってねっとりする感触がした。僕はやっと顔を上げて斎藤君に唇だけのキスをした。思ったより、チュッていう音が鳴った。
「好き……」
「俺も」
つながってるところがまだ硬い。深いキスをしながら、斎藤君が上半身を起こした。またさらに深くつながって僕は鼻から声を漏らした。そのときお互いの胸とお腹についていた僕の匂いが漂った。キスをやめた斎藤君の目が血走っていた。
「四つん這いになって」
僕は力を振り絞って四つん這いになり、お尻を突き出した。いきなりそれは入ってきた。もうそういう状態になっていたので、恐いくらいにすんなり入った。きつさもなく、強く撫でられてこすられて、奥を突かれる重い快感に酔いしれた。
「あん、あん、あん、あん」
ぱん、ぱんと派手な音が鳴るたびに、僕の体は前後に揺すられた。気持ち良さに顔を上げると、目の前にテディベアがいて目が合った。斎藤君の力が強くて、僕の顔がどんどんピエロの衣装を着たテディベアに近づいていく。
力の抜けた僕の腕は無意識にテディベアをつかんで引き寄せ抱きしめた。斎藤君の腰は全く止まらない。僕はテディベアに顔を埋めながら、ありのままの声を出して、幸せの振動を全身で受けとめていた。
「最後はヨネっちの可愛い顔見ながらいきたい」
ぬっぽりと抜かれて僕はテディベアを片手で握りながらうつ伏せに崩れて肩で息をした。それでも斎藤君は容赦なく僕をひっくり返した。
あっという間に、正常位で斎藤君は僕の中心まで堂々と入った。
「ああん、ふううん、んんん、んあ、んは、ん、んあ」
快感は同じなのに、全身の筋肉に力が入らす、張りのある声はもう出せない。
「ああ、ヨネっち、ヨネっち、俺のヨネっち、可愛い、めっちゃ可愛いよ」
斎藤君は僕の頭を両手で持ち、腰を振りながら口を塞いだ。僕の頭は文字通り固定された。僕は斎藤君の広くて厚い背中に手を回した。
「ああ、いく! いく! いく!」
斎藤君の顔が歪み始め、腰の動きが一段と速くなった。僕は、肉体の快感と心に響く斎藤君の昇り声に、叫んだ。
「ああん、んあああ! いって! 僕の中にちょうだい! いっぱい出して!」
「出すぞ! 中に出すぞ! んんん……あ、が、あっ、あああ! ヨネっち!」
斎藤君は言葉も僕の口の中に出した。次の瞬間、お尻の奥の奥に熱い液体が飛んで、僕の内側の壁にかけられていることが分かった。何度も何度もそれは飛んで来た。そのたびに入口も強く脈打った。そして、とん、とん、とお腹を打つような音が聞こえた。
湯舟に浸かったときのようなじわっとした温度が僕を内側から温めていく。ぽっかり空いた空洞は火が灯ったように熱くなって体の芯が緩んでいく。
「……あったかい……」
斎藤君は僕の頬に鼻をつけて息を整えていた。体の中心と同じくらい温かい鼻息が、僕の顔に何度もかかった。
斎藤君は僕の頬にキスをした。
「ヨネっち……愛してるよ」
「僕も……愛してる」
甘いチョコのようなキスをした。不思議なことに斎藤君の唾液が甘く感じた。おいしくて、飲みたくて、もっと欲しくなった。斎藤君はそんな僕の気持ちを悟ったのか、わざとなくらいに唾液を注ぎながら舌をからめてきた。
ごっくんと口に溜まったものを飲んだとき、斎藤君が僕のお尻からそれを抜いた。あっと思う間もなく僕のお尻の穴から温かい液が次々に流れた。僕のお腹と穴をひくひくさせながらとめどもなく流れ続けて切なさも寂しさも一気に押し流した。けれど、斎藤君の体温の熱は奥の壁にずっと残って僕を炙り続けた。
顎まで震え始めたとき、僕の唇の端に残っていた液が頬を伝った。
「はぁっっっあ……」
上からも下からも斎藤君が溢れていく。斎藤君で満たされすぎて、僕の心と体には、もうこれ以上何も入らない。
ふと横を見ると、テディベアが体をひねって転がっていた。ピエロの帽子も衣装も全部取れてベッドに散らばっていた。ホワイトチョコレートの箱は少し形を変えて枕の下から顔を覗かせていた。
愛し合った後、斎藤君の腕枕でしばらく抱き合っていた。そして申し合わせたように二人で同時に起き上がった。斎藤君があぐらをかいて体ごとこちらを向いた。
「ヨネっち、疲れた?」
僕は三角座りをして斎藤君を見上げた。
「うん、まあ、そりゃ……」
「ごめんな、ちょっと初回からアクロバット過ぎたかな」
ころころ笑う僕を見て、斎藤君は真顔に戻った。
「今日からよろしくな」
「うん」
僕は頷いた。顔を上げると、斎藤君は何も言わずに柔らかい表情で僕を見つめていた。静止したように見つめられて、僕は何度か瞬きをした。すると斎藤君はにっこり笑って僕の頭を撫でた。少し恥ずかしくて視線を外すと、視界にホワイトチョコレートの箱が入ったので、引き寄せた。
「チョコ食べる?」
僕はそう言いながら箱を開けて白いチョコを取り出した。
「はい」
と言って差し出すと、斎藤君は当然のように口を開けた。口の中に入れてあげると、斎藤君はチョコだけじゃなく僕の指にも吸い付いて舐めた。
「あ……」
ちゅぱっという音をさせて僕の指を解放した。斎藤君も僕の口にチョコを入れてくれた。僕はチョコだけでよかったのに、斎藤君は半ば無理に指を僕の口に入れてきた。
「うんん、くくんっ」
甘い味と塩っぱい味が混ざった。斎藤君は物欲しそうな顔で僕を見ていた。まるで斎藤君の大きいものを口に入れたときみたいな味がした。斎藤君は僕の口から指を抜いて、自分の口に入れてちゅぱっと音をさせた。
斎藤君の手が僕の後頭部に回って、やっぱりキスが始まった。お互いの舌が甘くていい匂いがして、温かいアイスクリームみたいだった。順番に交互に甘い舌を吸い合った。
甘い味が消えた頃、斎藤君が「一緒にシャワー浴びよう」と言ったので、僕が先に立ち上がって歩こうとしたとき、斎藤君に呼び止められた。
「ヨネっち、忘れ物」
振り返ると、斎藤君がにやにやしながら腰に手を当てて棒を突き出して立っていた。
「えっ、なに、なにしてんの」
僕はその姿に笑いそうになった。
「俺。俺のこと忘れてる」
「どう、いう、こと」
「引っ張って行ってよ、これ」
と言って棒を揺らした。
「っもう、エッチ」
「早く、風呂に連れてってよお」
と駄々をこね出したので、仕方なく斎藤君の大きな取っ手を握って誘導してあげた。
斎藤君のそれは全く収まる気配がなかった。僕が段ボールにつまづきかけたとき、
「いてててっ、鬼っ」
と斎藤君が言って顔を歪めた。僕は棒を握ったまま体勢を崩していた。
「あ、ごめん、だから言ってんのに、もういいでしょ」
と言って手を放しかけると、
「放したらダメ、俺ここから動かないからな」
とわがままを言うので、お望み通りシャワーを出してそこを洗うまで導いてあげた。
お互いにボディソープで体を泡だらけにした後、風呂椅子に座った斎藤君が僕を引き寄せて、僕を跨らせた。
「重くないの?」
「重くないよぜんぜん、ヨネっち小っこいし、俺、あそこと同じで体も頑丈だし」
斎藤君は僕の腰に手を回した。ちゅるっと滑る感覚が気持ち良くて、僕は自然と体が動いた。斎藤君のあそこを僕のお腹でもう一回洗ってあげた。
それから、その体勢のままでヘッドスパするみたいにお互いに頭をシャンプーで洗い合った。そのままシャワーをかけて二人の体を同時にきれいにして、微笑み合ってキスをして抱きしめ合った。
そして自然と向き合った。
「大好きだよ。もう離さないからな」
「僕も大好き。ずっとこうしててね」
「おう、任せとけ、約束する」
「うん」
僕は、一途で直球で熱い言葉が嬉しくて、斎藤君の首にしんなりと頭を預けた。斎藤君も、そんな僕の顔に頬を寄せてくれる。
バスタオルで体を拭き合っていたら斎藤君が口を開いた。
「とりあえず飯行く?」
「うん、そだね」
「ヨネっち、何食べたい?」
「うーん、もうすぐ夏だし、アジアン料理がいい」
「まだ刺激が足りない?」
「んもう、ちがうよ、久々に辛いもの食べたいなあって」
「へへへ。でもそれいいかも、俺も超久々」
車で十五分程の距離にある最近リニューアルオープンした飲食店モールに行くことになった。着替えて出かける準備ができてからアプリで確認すると、ちょうど人気のアジアン創作料理店があった。
二人の共同作業のように、僕が斎藤君にプレゼントした玄関マットを一緒に敷いた。
「よし、二人で同時に最初の第一歩な」
「はい」
僕たちは手をつないで一緒に玄関マットを踏みしめた。足元には、満天の星空が広がっていて、永遠を彷徨っても大丈夫ってくらいに星が輝いていた。
「このマットの柄さ、銀河鉄道のあれっぽくね」
斎藤君のいつもの、らしい言葉に僕は笑いを堪えた。
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