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第1話

 田淵夕(たぶちゆう)、久々の大失敗。 「ん……く、ん、んんっ」  ベルトで拘束された手が痛い。ネクタイで塞がれた口が苦しい。下手な突き上げがしつこい。  でもなにより嫌なのはうっとりと俺の髪を触ってくるその手だ。 「ああ、本当に天使みたいに綺麗だ。金色の髪が白い肌に広がって、まるで天国のようだ」  さっきから、そんな戯言をほざかれては髪を引っ張られ後ろから突き上げられて、あまりの気持ち悪さに吐きそうになっている。  むしろ本当にそうしてやりたいけれど、現実的にいえばそのまま窒息しそうで怖い。  陶酔しきっている男は俺の嫌悪感なんて微塵も気にする様子がなく、さっきからひたすら腰を振っては人のことを「天使」と言い続けているんだ。  この状態を気持ち悪く思わない奴なんていないだろう。  普段なら、こんな相手の誘いになんて乗らない。  一夜の遊びは、渋くてかっこいい割り切った大人の相手と決めているから。  だからこうなったのは俺のミスだ。選び間違え。いや、深く考えずに誘いに乗ったせい。  ……そもそものスタートは趣味と実益を兼ねたバー巡り。  バーテンダーをする者として、新しい味と技の発見を、そして今晩の相手を探すためにと今日は少し遠いホテルまで足を運んだんだ。そこでとても素敵な味に出会った。  それを作っていたのはいかにもバーテンダーといったきっちりした服装に身を包んだイケてるバーテンダー。  俺より少し年上だろう落ち着いた容貌は結構好みで、作るお酒はどれも美味しかった。だからだいぶ気が緩んでいたんだ。  伸ばしっぱなしとはいえそれなりに手をかけてお手入れしている金に染めた髪を褒めてもらって、上機嫌で仕事の終わり時間を聞こうか、それとも次に来る予定を立てようかと迷っていた時に声をかけられた。  その人ではなく、いつの間にか横に来たお客に。  いかにもサラリーマンですといった少しくたびれたスーツ姿とそれなりに清潔そうな見た目。身長は俺より低いだろうけど、もともとの俺の身長が高いだけというせいもあって、たぶん平均サイズ。  こういう所で声をかけてくるタイプには見えない、とにかくいわゆる「普通の人」が、思い切ったように声をかけてきたものだから思わず応えてしまった。  曰く、一目惚れした、と。  こんなに綺麗な人を見たのは初めてで、声をかけずにいられなかった。どうか付き合ってくれないか、と。  突然の告白に驚きはしたものの、気分よく酔っていたし、褒められることは好きだったから、普段なら乗らない誘いに一つ無茶ぶりをした。「ここのスイートルーム取ってくれるなら、一晩だけ付き合ってあげてもいいよ」と。  正直言ってそれなりにお高いホテルだからそう簡単に部屋は取れないだろうし、そこまではしないだろうと思っていた。見た目からしてそういうタイプじゃなさそうだったから。  だからそれはほとんど断りの文句で、その場からいなくなったのも帰ったものだと思っていたのに、しばらくして戻ってきたサラリーマンはカードキーを差し出してもう一度誘いをかけてきたんだ。  自分で言ってしまった手前、断ることもできずに誘いに乗って、結果後悔する羽目になる。  いい景色を見る間もなく、広いベッドをちゃんと確認することもなく、押し倒され後ろ手にベルトで拘束され、ネクタイで口を塞がれて、あっという間に身動きできない状態でベッドに転がされた。  酔っていたこともあるけれど、大人しそうな雰囲気だし、そのスーツのせいか無茶はしないだろうと勝手に思い込んでいた俺のミス。  まさしくまな板の上の鯉状態で、長いこと好き勝手されていて、気を失えたらどれだけ楽かという苦痛を味わい続けている。  ひたすら俺の容姿を天使だと愛で、ねちっこく触り、一人で興奮して腰を振っていつまでもイかず、とにかく最悪だとしか言いようがない。 「んぐ……ん、ぅ」 「ああ、そんなに気持ちいいなら嬉しいな。僕もとても気持ちいいよ。こんなに綺麗な体なのに、淫らで、いけない天使だな君は」  はあはあと荒い息を吐きながら単調に突き上げる天使男に、俺はただひたすら終わりの時を待つしかなかった。  二度と好みじゃない男の誘いには乗るまいと心に決めながら。

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