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1.雨の日の出会い

 ひどい喉の渇きを覚え、唾液を飲み込もうとする。しかし、ただ喉仏がごろりと動いただけで、なんの意味もなかった。  はあ、はあ、と。荒い息を吐いて、胸を掻き毟る。吐く息すら、喉を焼いた。あまりの苦しさに、ほこりくさい床の上をいも虫のようにのたうつ。長く伸ばした灰色の髪が、床に広がった。ジリジリと、内側から焼かれるような痛苦。  閉じたカーテンの向こう側で、太陽が嗤っている。  カッカッと。規則正しい足音が聞こえ、一瞬呼吸が止まった。  乱れた髪が視界を遮っているが、それでも真っ白な祭服に身を包んだそいつを見間違えるはずがない。 「こんなところにいたのですか。探しましたよ」  その言葉を、ハッと鼻で笑う。  どうせどこに居ても、簡単に見つけるくせに。こんな物置の片隅にまで、まっすぐ迷いなく歩いてくるのだから。 「テメェの居ない場所なら、どこでも良かった」  吐き捨てても、やはり彼の手は迷いなくこちらに差し伸べられた。  鱗に覆われ、鋭い爪のある手。その手から、腕、肩、顔へと。視線で彼を辿っていく。  純白の神父服を着ている。白は、結婚式以外では神の使徒だけが身につけることを許される色だ。  そして、翡翠を削り出して作ったような、透きとおる鱗に覆われた皮膚。金色の、アーモンドのような形の目。長い鼻先と、鋭い牙の並ぶ口。こめかみのあたりから、くるりと頭上に向かい巻き上がるツノ。  この若い竜人は、どうしようもないくらいに、まっすぐな視線をこちらに向けていた。  胸には金の十字架が光っている。それがまぶしくて顔を背けた。 「神よ、彼を救いたまえ。苦しみを取り除き」 「やめろ、黙れ。気色わりぃ。さっさと、消えろ、う、う」 「……再び光の下を歩かせたまえ。赦しを、どうか」  憎まれ口を叩いても、祈りの言葉を唱えるのをやめはしない。その言葉自体が、呪いになるとは思わないのだ。この男は心底から聖職者。骨の髄まで、神の慈悲が染みついている。  そんな男に、この情け無い姿を見られるのが辛かった。血を求めて伸びた犬歯が、自らの唇を裂く。しかし、自分の血ではなにも癒されはしないのだ。  するりと、ウロコのある手が頬に触れる。冷たいはずだった爬虫類の手は、今は熱く感じた。優しく、慈しむような手付きだ。 「……わかってんだろ。さっさとやれ。教えたように、一息で殺せ。テメェと俺の仕事だろう。ヴァンパイア狩りは」  その手は一度離れ、目の前で強く握り込まれた。鋭い爪が手のひらに食い込み、赤い血が滴る。  血の匂いに、くらっと脳が揺れた気がした。甘く香るそれは、まるで果実のように赤い玉になっては、ぽたりと床に落ちる。 「な、はっ、う、う」  手のひらが、口元に寄せられる。顔を背けようとするが、この飢えと渇きを潤すたった一つの方法はこの血を啜ることだ。その誘惑を振り切るのは、身を裂かれるような苦しみだった。 「ここには、私達だけです。遠慮はいりません」  はあはあと、自分の呼吸音がうるさい。  いつもと同じ、表情の乏しい爬虫類の顔で。この世に汚いものなど何一つないと信じているような透きとおる目で。こちらを見ているこの男は、ヴァンパイアハンターだ。その宿敵に成り下がった者に、血を施していい訳がない。 「テメェの、汚ねぇ血なんざ、う、あ」    なかば無理矢理、顔を掴むようにされる。唇に血がついて、舌に触れた。  甘い。  甘くて、いい匂いで、体に力がみなぎるようだった。  とろんと思考が蕩け、無意識のうちに舌を出して手のひらの傷を舐めてしまう。  ぴちゃ、ぴちゃ、と。濡れた音が響く。まるで子犬が母犬の乳に夢中で吸い付くようだ。自らの情け無い姿に、怒りと屈辱で体が震えた。 「少しだけ、嬉しいと言ったら……。セスさん、貴方は軽蔑しますか」  そんなこと、するはずがない。  するとしたら、この男にそんな感情を覚えさせた自分自身に対してだ。  澄み切った金色の瞳の奥に、暗いものを宿らせてしまった。それは自身が気づかないうちに、ゆらゆらと燻りながら、少しずつ燃え盛っていくのだろう。  この男は自分とは出会ってはいけなかったのだ。  暗い感情に苛まれながら、セスは思い出していた。  この竜人との出会いと、これまでのことを。  ※※※※※  数日前から、雨が続いていた。  しとしとと未練たらしく降っていた雨がようやく止んだ、薄暗い曇天の朝。濃い霧の中で、路上に横たわる死体から流れる血は、水たまりを赤く染めていた。  咥えた煙草の煙を吸い、ため息がわりに吐き出す。紫煙がもうもうと燻って、同じ色をした空へと登っていった。  今月に入って、もう三件目だ。 「ヴィクトリノ大尉」  バシャバシャと水たまりを蹴って走ってきたのは、周囲の聞き込みや現場の調査をしていた、顔見知りの自警団員だ。 「やっぱり、今回もヴィクトリノ大尉にお願いしなきゃならないみたいだな」 「ああ、そうだ。見りゃあ分かるだろう、ベイリー」  セスと同年代で四十手前だが、もう生え際がかなり後退している。その分、ヒゲが濃かった。がっちりした体躯と男くさい見た目にそぐわない気弱な表情で、ベイリーは死体とセスを見比べている。  血溜まりの中に横たわっているのは、いかにもか弱そうな、腰の曲がった老婆だ。その細い首筋にはくっきりと人間の歯型が残っていて、犬歯の位置に二つ穴が空いていた。  ヴァンパイア。  奴らが、食事をした後だ。 「また、お行儀の悪りぃクソヴァンパイアの食い残しだ。うんざりする」 「ああ……全く。最近、本当に多い」  セスは腰に吊るした愛剣の柄を握る。  まだ死体は新しい。そう、遠くへは行っていないはず。この死体から見て、犯人の吸血鬼は三流だ。  ヴァンパイアには、階級のようなものがある。  始祖。あるいは、ロードと呼ばれる上位のヴァンパイア。彼らは、人類の脅威であり、神の敵であり、この地上で一番恐ろしい化け物だ。  ヴァンパイアは、血を吸うことで自らの眷属を増やすことが出来る。始祖やロードは、そこに条件はない。自らの意思以外のなにものも、彼が眷属を増やすことを阻めない。  その眷属の第一世代、第二世代、あるいは第三世代のなかの優秀なものは、血を吸った相手をグールに変えて使役したり、血を吸った相手が童貞か処女なら眷属に出来る。  それ以外で、彼らのただの食料となった人間は、彼らが意図的に加減しなければ体中の血を吸い尽くされてしまう。  だが、そこから下……ロードの血が薄まった吸血鬼達は、人間一人の血を吸い切ることも、ヴァンパイアやグールにして使役することもできない。  非力な下級吸血鬼はただ死体を置き去りに、逃げるしかないのだ。 「なんとか、次の被害者が出る前に倒してくれ。ヴィクトリノ大尉」 「当たり前だ。吸血鬼狩りが、俺の仕事だからな」  セスが着ている黒の軍服には、肩に十字の刺繍がされている。  これは吸血鬼退治に特化した訓練を受けたものの証だった。  この証があるものは、軍に籍を置きながらも、戦争や治安維持の戦いには参加しない。人間同士の殺し合いは専門外だ。  ヴァンパイアハンター。  吸血鬼を殺す。それだけが、セスの役目だった。  軍服の胸ポケットから、銀の懐中時計を取り出す。装飾として、セスの瞳と同じ色をしたアメジストが一粒、埋め込まれていた。  これは、教会で聖水による祝福と、神への祈りを込められたものだ。時計の文字盤には、時刻を表す二本の針とは別に、もう一本針がある。それは方位磁針のように、ヴァンパイアのいる方角を指す。  強いヴァンパイアはこの針すら欺いてしまうが、下級なヴァンパイアやグールは簡単に見つけ出すことができた。  その針は、ここからほど近い、墓地のある方角を指していた。 「さっそく、狩ってきてやる」  新しい煙草に火をつけて、セスは墓地を目指して歩きだす。  空模様をみれば、また一雨来そうだ。ヴァンパイアは流れる水を嫌う。雨も同様だ。雨が降り出す前に見つけなければ、土中や棺桶の中に引きこもってしまう。  長く伸ばした灰色の髪を、邪魔にならないように紐で縛り直して、セスは薄暗い墓場に足を踏み入れた  墓場は腐臭に満ちている。この辺りは火葬してから骨を埋葬する習慣だから、普通はここまで匂わない。  近くの墓標を蹴り倒す。ガゴン!っと、重い音がして、石の墓標はひっくり返った。その下の土は、最近掘り返して埋め直したように見える。つま先で掘り返してみれば、すぐに腐乱した犬の死骸が出てきた。 「なるほどな。出来損ないのなりたて野郎が、動物で飢えを凌いでいて……ついに耐えきれず初めて人間を襲ったって、とこか」  近くの墓標の下にも、おそらく似たような死骸が埋まっているのだろう。  耳をすませば、かすかに呼吸の音がする。息を潜んで、震え、怯えた息遣いだ。ヴァンパイアの心臓はとうに止まっているのに。彼らの呼吸は、すでに失われた命への未練そのもののようだった。  その音の方へ一歩踏み出し、腰の剣を抜き振りかぶる。 「ひや、ああっ」  悲鳴とともに、墓標の後ろから小柄な男が転がり出てきた。あれで、隠れているつもりだったらしい。  完全に腰が引けているそのヴァンパイアは、まだ若い大人しそうな青年だった。  しかし、口元にはべったり血がついている。ぎらりと光る凶悪な犬歯が、あの老婆を死に至らしめた凶器だ。 「や、やめ、やめてくれっ」 「何がだ?」 「こ、殺さないで」 「テメェは、もう死んでんだよ」 「うそだ、違う、おれはっ、まだ生きてる!血、血を飲まなきゃ、血を飲んでいれば、死なずにすむんだ」  哀れに思わないでもない。  下級ヴァンパイアは、元々は彼ら自身がヴァンパイアの被害者だ。  ヴァンパイアの力もなく、血を求める激しい飢えに苦しみ、死に怯え続けなくてはならない。いっそ、一息に死んでいた方が楽だったろう。  だからこそ、セスは剣を握り直した。 「テメェを噛んだやつは、どんなやつだった?」 「え、へっ?」 「そいつを殺さねぇと、お前と同じ目にあうやつが増えるぞ。教えろ」  ヴァンパイアは血塗れの顔に呆けたような表情を浮かべていたが、やがて悔しそうに顔を歪める。  答えが予想できて、セスは若干の落胆を覚えた。 「覚えて、ない……仕事の帰りだ、一杯飲んで……夜道で、うしろから突然」  ならば、これ以上話す意味はない。  無言で剣を翻し、心臓を一突きにする。バッと、赤い血が噴き出した。若いヴァンパイアは怯えて強張った表情のまま、悲鳴を上げる暇すらなく二度目の死を迎える。ザラッと砂の塊に変わって、地面に崩れ落ちた。  後には、血濡れたボロ布のような服のみが残った。  再びポツポツと降り始めた、雨粒がその砂を濡らす。やがて、泥になって土に還るだろう。 「また、同じか……雑魚を生み出してやがる親玉がいるはずなんだがな」  雨脚が強くなりはじめ、セスは髪紐を解くと踵を返す。もう今日は、ヴァンパイアは外を出歩かないだろう。これ以上、人が死ぬことはないはずだ。  だが、悶々としたものが胸の奥で燻っている。親玉を倒さねば、同じことの繰り返しになることはわかっている。  だが、高位のヴァンパイアを見つけ出すのは、なかなか難しい。 「あ!ヴィクトリノ大尉!よかった、終わったのか」  墓場を出る直前に、ベイリーが息を切らせて走った。手には、傘を持っている。セスのためのものだろう。  有能ではないが、こういうところが憎めない男ではあった。  ふと、ベイリーの背後をみれば見慣れない人影があった。フード付きの外套を着ていて、そのフードを目深に被り傘をさしているから、人相はよく分からない。  ただ、背はセスより少し高かった。 「ああ。片付いた」 「どうだった?今回は」 「いつもと同じだ。いきなり後ろからって、クソの役にも立たねぇ証言しか聞けなかった」 「そうか……でもな、あんたにいいニュースがあるんだ」  傘をセスへ差し出して、ベイリーはいつもの質問をする。セスの答えに一瞬表情を曇らせたベイリーだったが、すぐにいつもの明るい表情に戻ると後ろに立っている人物へ向き直った。  後ろの人物はベイリーの視線を受けて、すっと一歩セスに向かい足を踏み出した。  距離を詰められた瞬間、妙な圧迫感を覚える。 「……セス・ヴィクトリノ大尉ですね」  まだ若い男の声でそう言うと、その人物はフードを外す。  思わず、セスはギョッとして後退りをした。フードの下から現れた顔は、人間のものではなかったからだ。  緑色に光る鱗。ギラギラした爬虫類の目。歪なツノ。太く鱗に覆われた尾っぽ。  竜頭の人。――竜人だ。 「おい。どうして、竜人がこんな田舎街に」  竜人は人間よりはるかに長寿で、神に近い種族と言われている。  聖都で神に仕え、人間にその神の声を伝える聖職者が大半で、その他のものたちも首都で政治の要職に就いている。  少なくともこの国では、竜人とは支配者階級であり、こんな田舎街に雨の降る中、腐臭のする墓場にお共も連れずにやってくるような存在ではない。 「聖都から、あんたの仕事を手伝いに来たんだとさ。人手が増えたな、ヴィクトリノ大尉!」 「はあ?……竜人がか?」  呆れてしまったセスに、竜人はクリッと首を傾げた。瞼は動かずに、薄く半透明な膜が左右に動いて瞬きをした。瞬膜という、トカゲや鳥の目にあるもう一つの瞼だ。  その爬虫類を連想させる顔に、セスは背筋がぞわぞわとする  爬虫類は苦手なのだ。 「たしかに私は竜人です。貴方が人間であるのと同じように。それが何か、問題でも?」  堅苦しい口調で、まるで堅物な教師のような正しい発音。  まっすぐにこちらを見つめてくる金色の虹彩には、なんの感情も浮かんでいないように見えた。 「問題あるに決まってんじゃねぇか。テメェはヴァンパイア狩りの訓練を受けてんのか?」 「ちょ、ヴィクトリノ大尉。竜人様に向かってそう言う口の利き方はカドが」  竜人様というベイリーの言葉に、目の前の竜人はパチクリと瞬きをしていた。 「竜人というだけで敬称をつけていただく必要はありません。それに……」  革の外套をはだけると、竜人はその下に着ていた白い神父服の肩を見せつけてくる。  そこには、金糸で十字架の刺繍があった。 「もちろん訓練は受けています。首都で従軍神父をしながら、ヴァンパイアハンターとしての訓練を一年間」 「ハッ。なら、素直に神父様をやってろ。その方がお互いのためだ」 「なぜですか?」 「竜人はヴァンパイアハンターにはむいてねぇ。やつらは、処女の血よりも竜血を好むんだよ」  竜人の血は、人間の血よりも濃く、特別な力を持っているそうだ。  セス自身の目で見たことはないので本当かどうかはわからないが、下級ヴァンパイアでも竜人の血を飲めば上級ヴァンパイア並みの力を手に入れられるという。  しかし、竜人は高貴な存在だ。ヴァンパイアが簡単に近づけるものではない。神の祝福に溢れる聖都へヴァンパイアが足を踏み入れたならば、その場で砂と化すだろう。 「奴らにとって、ご馳走が自分から歩いてくるようなもんだ。テメェみたいなのがウロウロして、万が一にも血を吸われたら面倒くせぇ」  竜人はグリリと目玉を揺らした。動揺しているのだろうか。  牙の並ぶ口はうっすらと開き、しばらく何か言いたげにしていたが、言葉が出ないようだった。 「どうした、知らなかったか?」 「は……はい」 「ハンターなら誰でも知ってるぜ。竜血を吸ったヴァンパイアは、それまでよりずっと強くなる。奴らに力を与えちまう。だから、竜人は絶対にヴァンパイアに襲われねぇよう、守らなきゃならねぇ」  なぜこの竜人を指導した教官は、こんな基本を教えてやらなかったのか。  竜人だから気を遣ったのか。それとも、意地悪でだろうか。  無表情な爬虫類の顔だというのに、それでも分かるほど目に見えて狼狽している彼が、いささか不憫ではあった。  それでも、この若く未熟そうな竜人を守りながらヴァンパイアと戦う羽目になるのは、真っ平御免だ。 「理解したか?なら、さっさと首都へ帰れ」 「そういう訳にはいきません。私は軍司令部から正式な辞令を受けて、この街に配属されたのです」 「はあ?」 「この地でヴァンパイアの被害が増加しているとの報告を受けて、私に貴方の補佐をするようにと」  嫌がらせを受けているのだろうか。  軍司令部に嫌われるようなことをした覚えはない。なぜ、この竜人を押し付けられる羽目になったのか。  頭が痛くなってきて、拳でこめかみを押さえてため息を吐いた。 「貴方の足手まといにはなりません。ただ、たしかに私は知らないことがあるようです。貴方の元で、勉強させてください。きっと私は、貴方の役に立ってみせます」  竜人の言葉を無視して、セスは彼の横を無言で通り過ぎる。  さっさと帰って、酒でも飲みたい気分だった。  全く、理不尽だ。 「待ってください、ヴィクトリノ大尉」  ガッと腕を掴まれ、舌打ちとともに振り返る。若い竜人が、まっすぐな瞳でこちらを見下ろしていた。  軍服越しに、竜人の手のひらの冷たさを感じる。これは爬虫類だからだろうか。彼の緊張や不安の表れだろうか。 「お願いします。私に、ヴァンパイア狩りを教えてください」  ざあざあと、雨の音がうるさい。  この街のどこかで、ヴァンパイアは雨から身を隠して潜んでいるのだ。雨がやめば、また誰かが死ぬかもしれない。 「テメェが狙われて、血を吸われるかもしれねぇんだぞ。グールに成り下がって、みじめに死にてぇのか」  そう、問うてみた。 「それは、ヴァンパイアハンターを志した時に覚悟を決めています」  考える様子もなく、彼は即答する。 「でも……私だけでなく、私の血を吸い強くなってしまったヴァンパイアの始末も、貴方にお願いすることになってしまいますね」  困ったような声音でそう付け加えた彼のその目には、迷いはないように見える。本気で殉職すら覚悟して、この街に来たのだろう。  セスはポケットから煙草を取り出し、マッチで火をつけた。肺をゆっくりと煙が満たしていく。そうすると、頭がクリアになっていく気がした。 「テメェ、名前は?」 「あ……申し訳ありません。名乗りもせずに。私はマティアス・ロルフ・リンドヴルム。従軍神父としての階級は少尉相当です」  竜人なのに、たかだか少尉。  従軍神父ならば非戦闘員だ。しかし、彼はヴァンパイアハンターとして田舎街に放り出されている。しかも、中途半端な知識で。  なんらかの事情が、彼に過酷な状況を強いているように思えた。 「リンドヴルム。とりあえず、一か月様子見してやる。使えねぇようなら、首都に帰ってもらうからな」  リンドヴルムは、目を細めて頷いた。もしかして、笑顔だろうか。竜人の表情はよくわからない。  冷たい手が離れれば、今度こそ振り向かずにセスは歩き始める。  若く情熱に溢れた青年を見棄てらない程度には、まだ青かった自分を自覚して、セスは苦い煙草の煙を吸い込んだ。

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