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第6話
改めて蔵を見回し、東洋の磁器ゾーンの前に立った。
棚を設置し、きれいに積み重ねている箱の数々。この中に青磁は五百点ほどある。盃、椀、瓶、壺、炉、置物。そのうちのどれかならば見つけやすいが、青磁ではない陶磁器の可能性も考えておかなければならない。そうなると数千点は下らない。
(……あ、待てよ。家系図の『祖』が冠する記号だっていうなら、ある程度時代を絞れるんじゃないか……? その家系図、おれも見せてもらえたらいいのに)
考えてみたものの、限りなく不可能に近い気がした。
ただでさえ凌は、一族のことをすべて教えてもらっているわけではないのだ。
『秘密』は塔眞一族を支えている。
秘することで守られ、繁栄している一族だということを、凌は肌で感じている。
「……貴砺さんも、おれに秘密がまだまだいっぱいあるんだろうな……」
分かっている。それは仕方がないこと。貴砺には貴砺の立場があり、知らずにいることが彼のためになると、凌は納得している。……つもりだけれど。
(頭では分かってても、気持ちがついていかないことってあるんだよな……)
以前はある程度、気持ちの整理もついていた。けれど貴砺との関係が深まれば深まるほど、このひとのことをもっと知りたいと願ってしまう自分がいる。
我知らず溜め息が零れた。
そんな自分に気づいて、落ち込んでなるものかと無理やりにでも気持ちを上向ける。
「よし! とりあえず『祖』の年代だけ貴砺さんに聞いてみよう。塔眞家の始まりって、いつくらいなんだろう……?」
凌は以前、家宝のひとつである『黒劉』の調査で、一族の歴史の一端に触れたことがある。伝説のようなその物語の始まりは、優に千年は超えていそうだったが……実際のところは分からない。
中国という国自体、四千年以上の歴史があるのだし、塔眞家が長く続いていてもおかしくないけれど。
(……あっ。ちょっと待って。塔眞家って日系じゃないか)
初めから知っていたことなのに、今ごろになってその重要性に気づいた。
(そもそも『日系』って、何世代まで名乗れるものなんだろ?)
日本から香港に渡った後、二世代目まで? 三世代目? 四世代目? ……もしかして名乗ろうと思えばいつまででも名乗れるものだったりするのだろうか。深く考えたことがなかった。
塔眞家は香港に拠点を置きながら、中国の裏社会に絶大な影響力を誇っているという。百年や二百年でそんなことができるだろうか。もっと長い時間をかけなければ不可能な気がする。
(……あ、でももし、すでに中国で絶大な勢力を誇っている一族と姻戚関係になったとしたら、不可能じゃないのかな……?)
詳しくは知らないが、怜人夫人である麗那もまた、中国の大富豪の出身だと聞いている。
しかしその場合は、婚家の方が、『日系』と名乗ることを拒むのではないか?
場合によっては婚家に乗っ取られる危険性もある。それを回避して、さらに『日系』と名乗り続けるメリットがどこにあるのか。
やはり塔眞家は謎が多すぎる。
骨董の山を前に考え込んでいると、蔵の扉から貴砺が顔を覗かせた。凌のスマホを掲げて見せている。リビングに置いたままだったようだ。
「先ほどから何度も着信があるようだが?」
「え、ほんとですか? 誰からだろ?」
受け取って確認してみると、母と義弟の幸太郎(こうたろう)から二度ずつ履歴があった。
ドキッと鼓動が跳ねる。それは期待と、同時に不安の感情が綯い交ぜになったもの。
「紗友美(さゆみ)がもしかしたら……」
呟きながら、受信していたメッセージを開いた。目に飛び込んできた文字は。
『無事に生まれました。男の子です。母子ともに健康です』
「わあ!」
写真も添付されている。真っ赤な顔をしわくちゃにして泣いている赤ん坊と、疲労を滲ませながらも輝くような笑みを浮かべる紗友美の姿。
「見てください!」
写真を貴砺に見せつけると、
「愛らしい」
と、間髪容れず感想をくれた。しかし画面を一瞥もせず凌を見つめているのはどういうことか。
ずいっと顔の前に押し出すと、クックッと笑って手首を掴まれた。
「帰省するか?」
「だめですよ、そんな。怜人さんから頼まれた探し物があるのに」
帰りたい。それはもう、今すぐにでも。けれど……。
「東京の所蔵品を先に調査してはどうだ? どちらから手をつけても同じだろう?」
それは確かに。
「でも、麗那さんの出産予定もありますし……」
赤ん坊が生まれた時、劉人である凌の力が必要になるかもしれない。すぐに駆けつけられる香港にいなければいけないのでは。そう思ったのに。
「問題ない」
貴砺はきっぱりと言い切った。その自信は一体どこからくるのか。
もしかして香港まで自家用ジェットでも飛ばしてくれるつもりか。貴砺の個人所有ではないが、必要な時は一族所有のものを利用できる。確かにそれだと、普通に航空会社の飛行機で移動するより断然早いが。
「生まれたばかりの甥に会いたくないのか?」
「会いたいです」
反射的に答えていた。会いたくないわけがない。甥だけでなく、妹にも。元気な彼女たちに早く会いたい。
「ならば、煩雑なことはおまえの優秀な伴侶に任せておけ。東京に戻るぞ」
自信たっぷりな物言いが可愛い……なんて考えたのがまずかったのか、唇にがぶりとかぶりつかれた。
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