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第5話

         *  *  *  貴砺の邸に帰宅してすぐ、リストを揃えた。  貴砺が拠点としているのは東京だが、ここ香港にも当然のように邸宅がある。 「では王さん、こちらを怜人さんに渡してください。よろしくお願いします」 「かしこまりました」  無駄口を一切叩かず、王月林がリストを受け取った。  漆黒のスーツに身を包み、フレームレスの眼鏡越しに怜悧な眸が光る。  今は自分が命令をするべき立場なのに、彼の前に立つとどうしても背筋が伸びてしまう。  これは三つ子の魂百までというやつか。こんな反応をしてしまう自分を、もう受け入れるしかない気がする。  王を見送って、リビングで貴砺とふたりきりになってから、メモ用紙を見つめた。  記号と改めて向き合う。 「うーん……何を表してるのかな? あ、もしかして上下逆とか……」 「こちらの方向で合っている」  ソファで隣に座っている貴砺がメモの端を摘まみ、断言する。 「もしかして貴砺さん、この記号のこと知ってるんですか?」 「意味は知らん。ただどこで見たかは教えてやれる」 「教えてください!」  思わず前のめりになると、突然、端整な顔が近づいてきて、ちゅっと唇を盗まれた。 「っ、貴砺さん!」 「愛らしい顔を近づけてきた凌が悪い」 (本当にもう、このひとは!)  口元を手でガードして真っ赤になった凌を、貴砺は満足げににやりと笑って見つめる。 「家系図だ」  あまりにも予想外で、凌は困惑するしかない。 「……家系図ってことは、家紋ですか?」 「いや。家紋は別にある。兄も言っていたように、これは一族以外に広く知られていいものではない。秘されることで価値を高める、暗号にも似た性質のものか」 「暗号……」  ごくりと生唾を飲み込んで用紙に目を落としたが、そんな重要な暗号にしては、妙に愛嬌のある絵に見えてしまう。 「それって塔眞家の人なら誰でも見られる家系図ですか?」 「家長のみ、家を継ぐ際に見ることができる」 「一度きりってことですか?」 「そうなるな」  それほど秘されるものということか。  そんな大切なものを託されたことに、今さら責任を感じて記号を見つめていたところ、ふと思い出した。 「……あれ? でも、怜人さんは骨董が見つかったら披露するって言ってましたよね? ……その記号を浮かび上がらせたものを、多くの人に見せちゃっていいんですか?」 「百日宴には家長のみが出席する。兄はおそらく、骨董を披露することで子どもに後継者としての箔をつけさせたいのだろう。――『祖』の再来として」 「……どういう意味ですか?」  どうして骨董と『祖』が関係あるのだろうと首を傾げた凌に、貴砺は不敵な笑みを見せた。 「その記号は、塔眞家の『祖』とされる人物が冠していたものだ。すべての始まりの文字とされている」 「文字!?」 「あるいはまじない。真相は分からない。便宜的に記号とされている」  それはものすごく重要なものなのでは。凌の想像以上に。 「……そんな重要な記号が隠された骨董が、貴砺さんの所蔵の中に……?」  今まで気づかなかったことがショックだ。いくら、普通の状態では見えないものだとしても。  記憶の中にある骨董の数々を次々と思い浮かべる。そのどれもが素晴らしい品だが、何か仕掛けがあるようには思えなかった。 「――とにかく探し始めるしかないですね」 「おまえのその行動力は、いつも尊敬に値するな」  するりと頬を撫でられて、背筋がゾクッとした。貴砺の指先ひとつで、凌は簡単に体温を上げられてしまう。 「っ、ダメです。そんなかっこいい顔で誘惑しないでくださいっ」  真っ赤になってソファから飛び退くと、貴砺が弾けるように笑った。  そんな笑顔を見せてくれるようになったことが、本当に、本当に嬉しい。  けれど今は掴まってベッドに運ばれてなるものかと、凌は脱兎のごとく逃げ出した。  行き先は邸の中にある内蔵だ。  東京の塔眞邸ではほとんどの骨董を屋根裏の巨大な部屋に収納しているが、この邸ではセキュリティの問題で邸内に蔵が造られたらしい。  乱雑に詰め込まれた状態で貴砺が祖父から受け継ぎ、そのままになっていたが、凌が主導して整理した。以前にも所蔵品の中から探し物をする機会があり、すべて外に出したのだ。その際に、他の別荘からも集めてきてすべて収納し直し、リストにまとめた。  蔵の中に入ると、少し肌寒く感じた。邸内は空調が行き届いているが、蔵の中は特に、骨董に適した温度で完璧に管理されている。  ぐるりと見回し、その圧倒的な量に少し怯む。  このすべてが陶磁器というわけではないが、数は断トツに多い。  本当にこんなにたくさんの骨董の中から見つけられるのか。これでもまだ約半分だ。どう考えても、ひとりで探せる量ではない。 「箱からの出し入れに神経を使うから……大広間に並べてもらうのがいいかな」  以前の探し物の際にも手伝ってもらったおかげで、骨董の扱いに長けた使用人が数名いる。彼らを中心に、箱から出して並べてもらうだけでもかなりの時間短縮になる。  あとは凌が、「仕掛け」を見破れるかどうかだ。 「仕掛けか……」  呟いたら、ふと、ある青磁瓶のことを思い出した。  それは以前、とても手の込んだ仕掛けによって龍の意匠が浮かび上がったもので……そこに関係した妹夫婦の顔が脳裏に浮かんだ。 「……まさかね」  そんなわけないか、と小さく笑う。

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