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非日常が日常になる。
皆で囲う朝食、ベストセラーの大人気作家も、日本中を虜にするスター俳優も、まさか人間ではないと誰が想像出来ただろう。金髪の神主は変わらず女性参拝客に愛想を振り撒き、神のいない鈴鳴 神社は今日も大盛況だ。
駿 の腕は、今もまだ黒いグローブを付けたまま。ヤイチはミオの家で駿の腕を治す為に薬を作り、勉強に励みと忙しそうだが、たまにアオに会いに行かせて貰っているようだ。
アオは変わらずムラサキ以外が側に居ることはないというが、それでも以前よりあからさまな距離を取る者も、若干ではあるが減ったという。
触れあう事は叶わないが、アオの意識が変わった事が伝わったのか、アオの人柄を知り、周囲も距離を縮めようとしているのかもしれない。
ミオとナオも相変わらずコンビで動き、人と妖の世を行ったり来たりしている。二人は情報を得る事も仕事の一つで、神社に来ては色んな事を教えてくれる。妖の世も、平和らしい。ただ、ゼンの弟であるシンラに限り、ゼンが次期国王になれるようにと一人国中を駆け回り、国王にたしなめれたとか。事件といえばその位のものだ。
「疲れたー駿、珈琲ー」
「疲れたって女の人と喋ってただけじゃないですか」
「失礼な!鈴鳴川の見回りはやってますー。最近平和だからさー」
「良いことじゃないですか。困るでしょ、この間みたいなことが起こったら」
「そりゃそうさ、そうならない為の見回りだ。でもなんかさー…最近キミさ、俺へのあたり強くない?」
ムッとカウンター席で身を乗り出すユキに、駿は肩を竦めて珈琲を差し出す。
「あ!もしかしてヤキモチかー?可愛い奴だな」
ケラケラ笑う楽しそうなユキに、今度は駿がムッと表情を曇らせる。珈琲を手にしたユキの顎に手をあて顔を上向かせ身を乗り出す。近づく顔にユキは反射的に目を閉じたが、何もない。不思議に思いゆっくり目を開くと、にこりと微笑む駿がいて、ユキは顔を真っ赤に染め上げた。
「ちょっとキミ!図ったな!」
「何の事です?勝手に想像したのはユキさんでしょ?」
「キミ可愛くないぞ!」
「えぇ、結構ですよ。俺はあなたの可愛い顔が見れましたから」
「キミねぇ…!」
「はいはい、そこまでー!」
その声に二人ははっとして振り返る。真斗 がうんざりした様子で腕を組み座っている。
「お前ら、痴話喧嘩なら外でやってくんない?俺の存在、完全に忘れてただろ」
怒っている。真斗の不機嫌な様子に怯えるのはユキだ。真斗は人間だが、妖からしっかり術を教え込まれている。十禅 家の習わしだ。その術の中でユキやリュウジが一番恐れているのは、妖本来の姿に変えられてしまうというもので。
それは、ゼンやレイジくらいの力を持っていなければ、自分でどうにか出来るものではない。真斗から説教を受ける時は、大体それを食らっているので、恐れずにはいられないのだろう。
「まさか、忘れるわけないだろ!あ!お客さん、」
パン、と真斗が手を合わせると、ユキの姿は消えた。え、と驚いて駿がカウンター越しに覗き込むと、椅子の上に、美しい金色の毛並みを持つ狐が一匹。
「え、ユキさん?」
「何してくれるんだ、真斗!人に見られでもしたらどうする!」
「誰も見てねぇよ。参拝客すら居ないくせに逃げようとしやがって。大体、最近浮わついてるぞ?駿ももう危なくないんだから、四六時中神社に居る必要はないだろ」
「え?」
きょとんとしている駿を置き去りに、真斗はユキの首根っこを掴むと駿にユキを押し付け、そのまま二人を店内から追い出してしまった。
「暫くその姿で反省するんだな。駿はお目付け役だ」
パタンと目の前で閉じる扉。一人と一匹は顔を見合わせた。
「…とりあえず家にいるか」
「はい」
頷き、駿は思わず笑みを零し、腕の中のユキの背を撫でる。
「おい!俺を動物扱いするな!」
「すみません、つい…毛並みふさふさですね」
「手入れは欠かせないからな!俺ほど美しい妖狐はいない」
「自分で言う…」
「何だ?」
「いいえ、自分じゃ元に戻れないんですか?」
「残念ながらな…キミ!嬉しそうな顔するな!」
「してませんよ」
「にやけるな!」
「美しい狐がいれば誰だって嬉しくなります」
「本当にキミは口が減らないな…!」
そう口では言いながら、ユキは不機嫌ながらも駿の腕に収まっている。反省しろと真斗は言ったが、半分は気を利かせてくれたのかもしれない。
「今日は良い天気ですね」
縁側に腰かけ、空を見上げる。温かな日差しにユキは目を細め、駿の腕の中にうずくまる。
「そうだな」
穏やかなその声に、駿も微笑んで。ユキは、そろそろと顔を上げると、鼻先を駿の頬にすり寄せた。
人と妖が手を取り合う、今日もスズナリが見守る町は、平和に過ぎていく。
終
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