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第2話
窓から差し込む朝日に目をしばたたかせながら、私は目を覚ました。どうやら昨日はあっという間に寝てしまったのだろう、あれ以降の記憶がぷっつりと切れている。
身を起こそうとすると、腹部に軽い圧迫感があることに気づき、そちらに視線をやると新井が私の腹を枕のようにして眠っていた。何があったのかはわからなかったが、大方予想がついたので私は彼を突き飛ばして朝食を食べるために食堂へと向かった。
もそもそと朝食を食べている私の隣に後頭部をさすりながら寝ぼけ顔の新井がドカッと座り、昨晩のようにぶつくさと文句を言ってきた。
「なぁ、お前もっと起こし方あったんじゃ…。」
「知らない。」
「まだお前いらついてんの?」
「知らない。」
「からかって悪かったって…。」
「知らない。」
「いい加減さぁ…」
「ごちそうさま。」
「あ…、」
私は彼とは取り合わず、そそくさと部屋に戻り、制服を着こむと、新井とは入れ替わるように部屋を出て訓練場である牧校へと足を向けた。
すたすたと路を急いでいると後ろからどたどた音を立てながら新井が私の後を追いかけてきた。彼は私に追いつくと、袖をつかんで引き留めた。
「な、なぁ。いつまで怒ってんだよ。そろそろさぁ…。」
「もし、」
「え?」
「もし、俺に男色の気があると言ったら変か?」
私は思わず自分の口から飛び出した言葉に驚いた。あまり人に対し、感情を向けたことが、私にはなかったからだ。まして、昨晩から今朝にかけて私が新井に抱いている苛立ちとも、何ともとれない、いまだかつて抱いたことのないこの感情の正体がわからず、不安定になっている内情を曝け出してしまった結果でもあるだろう。だが、どぎまぎしている私の心中とは裏腹に新井は目を丸くしつつも、かなり真剣に考えこんでくれているようだった。
「変……、とは、思わない…かな。驚くとは思うけど。」
「そうか…。気持ち悪いと……思うか?」
「思わない。それは絶対に。」
「そうか…。」
私は再び歩き始めた。なぜか知らないが昨日から私の胸につかえていたもやもやとした気持ちがすとんと落ちるような気がした。
「え?あ、ちょ…。」
「ほら、遅れるぞ。」
「お、おう。」
不思議と足取りは先ほどより軽くなった気がした。
「「「1ッ!2ッ!3ッ!」」」
掛け声とともに竹やりを藁の米軍人形に突き刺しては抜き、また突き刺すという対人訓練を行っていた。炎天下の日差しの中、額を流れる汗が顔中にできた擦り傷に染みてヒリヒリと痛んだ。横へ少し目をやると、同じく汗だくになって竹やりを刺している新井と目が合った。目が合うと、彼はさりげなく笑みを浮かべ、そしてすぐにまた訓練へと身を戻した。
やがて日も傾き、この日も用具の片づけを済ませると、点呼を取り私たちは帰路に就いた。すると、示し合わせたわけでもないのに、新井が私の横に並んで歩き始めた。だが、いつもならぺちゃくちゃとやかましく喋り始めてくれるのだが、なぜだか何も話さずにただ横を同じ速さで歩くだけだった。
私からも特に話題を持ちかけることなく気づけば寮へとついてしまった。玄関をくぐり、食堂の脇を通ると、もうすでに帰宅したばかりの女学生が夕食の準備を始めていた。私は一言そちらに声をかけてから自室へと向かった。その間も新井は何かを思い詰めたようにむっと黙り込んだまま私の後をついてくるのみだった。これでは今朝と立場がまるっきり反対だ。重苦しい空気が流れる中、私は一言文句を言ってやろうと、部屋に足を踏み入れた瞬間彼のほうへ振り向くと、私はそのまま床へ押し倒されてしまった。
「なッ⁉」
「今朝、お前は男色がどうのと言っていたよな?」
「あ、あぁ。確かに言ったけど…。」
「俺が言ったとしたら、どう思う?」
「それはどういう…?」
「そのままだよ。そのままの、意味。」
「俺も……、俺もお前と同じ答えだ。」
私の動悸が高まっていくのが、わかる。触れた彼の体からも心臓が早鐘を打っているのが伝わってくる。わからない。こんな時にどんな顔をして、彼を見ればいいのか、どんな言葉をかければいいのか。
「なぁ、いいか?」
彼の声が聞いたことがないくらいに震えていた。自然と私の腕をつかむ彼の手に力が入った。
私は何がとは聞かなかった。何となくわかっていたのだろう、静かに頷くと、彼の唇が優しく私の唇とが重なった。やがて舌と舌が絡まりあい、薄暗い部屋に粘っこい音だけが反響していた。
息が、できない。だが、不思議と苦しくはなかった。私は彼の背中に滑らせるように手を回し、彼のぬくもりを私の胸に受け入れた。
すると、彼は私の体をまさぐるようにして、シャツのボタンを一つ一つ外していく。そしてシャツが脱げると、優しい手つきで体中を愛撫した。彼の肉刺のある大きくて暖かい掌でなぞられた部分が少しずつ熱を帯び始めた。全身が火照って意識がふわふわとしてくると、ズボンのベルトに手をかけた。
「挿れる方と受ける方どっちがいい?」
「…。わかんない、でも、」
私がもじもじと答えられないでいると、
「弄ったことある?」
「少し…。」
そう答えると、彼は指で穴を拡げるようにゆっくりと私の穴に挿れた。そのままかき回すようにして内で指を動かした。
「う…っ、あぁ…。」
「大丈夫か?」
「へ、平気。…ッ。」
私は内を掻き回される感覚に腹の奥がむずむずと熱くなって、心臓の鼓動と連動するように体がびくびくと跳ねる。
「も、もう…。」
「わかった。」
彼は自分のズボンに手をかけ、それを下ろすと入口にあてがい、指を入れたときのようにまたゆっくりと中へと挿ってきた。
「は、ぁっ…んぁ…、」
「痛くないか?」
「んっ、平、気っ。」
私は彼の背中に回した腕に先ほどより強い力を込めた。彼で満たされていくこの感覚に、彼が溢れていく感覚に、今まで感じていた疎外感や孤独感のすべてが溶けてなくなっていくような、雲間から差す陽の光を浴びたような、小さな幸福感が私の中で彼と触れ合うたびに大きくなっていくのを感じた。
あぁ…好きだ。
彼の汗の匂いも、温もりも、優しい声も、ごつごつとした掌も、彼から伝わる一つ一つ、全ての感覚が、好きだ。大好きだ。
口に出すにはまだ恥ずかしい、私の中の昨日から燻ぶっていた感情の答えを私は見つけたんだ。彼が作ってくれたのだ。
彼はすべてが終わると、私の額に口づけをして優しく髪をわしゃわしゃと撫でてくれた。
「な、なぁ、新井?」
「ん?」
「久之って呼んでもいいかな…?」
「お?お、おう…?」
「久之?」
「ほい、久之ですよー。」
「お腹空いた、食堂、行こ?」
「あ、やばい!今日の当番!」
「昨日の…?」
彼はこくこくと頷いた。私たちは慌てて部屋を飛び出した。
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