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第1話
私にある一番遠い記憶。
着流しを着たおじさんと手を繋いで、どこかの神社の夏祭りに行った記憶。
長い階段を肩車をしてくれたおじさんは、それでも息一つ切らせず私をその肩から下ろすと、迷子にならぬようにと手を繋いでくれた。
その手が夏の盛りに階段を登って来たにも関わらず、あまりに冷たかったのを今でも思い出す。
おじさんはニコニコとしているだけで喋りもせず、ただその手は私を一瞬たりとも離さぬとばかりにしっかりと握られていた。
欲しいと言えば全てを買い与えられ、私はそこにある大体全ての屋台を制覇した。
最後に彼と別れる時、指を自分の唇に当て、その指が私の唇に触れた。その感触すらクリアに覚えているのだが、その後すぐに初めて何かを言った彼の言葉はまるで霧の中に、その他のものと一緒に思い出そうとするのだが、消えていくのだった。
あれから数十年の時が流れ、あのおじさんと呼んでいた彼の年に近くなった私は、ある山里に来ていた。
あの日の出来事を今は亡き両親に聞いてもみたが、そのような男性は知り合いにはおらず、そのような場所にも行った事はないと言われた。
しかし、記憶から遠のけば遠のくほど、不思議とその記憶はクリアになり、若い時には思い出さなかったあれやこれやを今になって思い出すようになっていた。
最近になって、その中に移設とかダムとかの単語を見つけた。
キーワード検索で探してみると、あの頃にそのワードに当てはまる事例が数件。
私の家から行けそうな場所をピックアップしてみると、一件に絞ることができた。
親から受け継いだ小さな書店を切り盛りしながらのつつましやかな暮らしの中で、若い時には一度結婚もしてみたものの、数年でその生活にピリオドを打った。
その後も数回の見合い話などはあったものの、結婚生活に違和感を感じた私はこの年まで独り身を通していた。
思った時にすぐに行動できる自由な生活は私には心地よく、これも結婚しない理由の一つであった。
「ここなら、電車とバスで行けるか…。」
最近は車の運転も疲れるので、もっぱら電車での移動が多くなった。
早速調べると、出発時間から到着時間までが所要時間と金額と共にパッと画面に出る。
それをスクショして、出かける準備を始めた。
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