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第5話 夢の終わり [終]
「アイツすっげぇ強いじゃん。人間だよな。自力かよ?」
闘技場から出て来たエリゴスがブエルに興奮気味に話しかける。
「特に神とか悪魔が憑いているようではないけどな。」
ユリウス・リメは悪魔が驚くほど強かった。
おかげでアタシの予定が狂う。
ユリウス・リメは負けてジュールは賭けに勝つ。
負けたアタシはジュールの願い事を叶えて魔界に戻るはずだったのに、願い事を訊いてもらえる立場になるとは。
闘技場の出口から大きな歓声が上がる。解放されたユリウス・リメが出て来た。
たくさんの人間達が彼を一目見ようと群がっている。
珍しく少年の様に興奮しているジュールも駆け出して行った。
遠くなる後ろ姿。エリゴスが笑顔でアタシの肩を抱く。
「良かったじゃ-ん。セーレ。これで眷属に出来る理由が出来たね。あっちで可愛がればいいじゃん。早く仲間にしちゃおう。」
そう、ジュールを悪魔の眷属にすれば魔界で一緒に暮らせる。
アタシの一番の望みはそれなのよ。この賭けの結果を理由にしたい。
「どうでもいい。さっさとしろ。もう時間だ。」
もう少し考えたいのにブエルが急かしてくる。
ジュールが息を切らせて戻ってきた。
何があったのかすごく嬉しそう。
「セーレ!あの人に選ばれた!一緒に食事したいって!」
(んー?集られているだけじゃない?)
エリゴスが眉毛を寄せてチャラく近づく。
「えーーっとねジュール君。今日はそんな時間ないかな?君は僕達とこれからとっても楽しいとこ行くんだからね。」
瞳が獣の様な金色に変色し始めたので慌てて肩を掴んだ。
「ちょっとやめてよ。エリゴス。待って。」
「どうでもいい。さっさとしろ。覚悟を決めろ。」
ブエルにせかされなくても、もう時間なのは分かっているわ。
言わなきゃいけない事、言いたい事。
ああ、また頭が回らない。
話すのは得意なはずなのになぜ言葉が出てこないのだろう。
胸と喉が痛い。
「………いいわよ。いってらっしゃい。」
「ばっか…何言っちゃってんの。お前がやれないなら僕が…。」
エリゴスを遮ってジュールの手に触れる。
いつも通りにきれいで優しい顔が出来ているか自信がない。
声が震えないようにゆっくり話す。
「ジュール。アタシね暫く魔界に戻らないといけないの。暫くの間一人で頑張ってね。」
突然別れを告げられジュールの碧い目が大きく開く。
「暫くって、どのくらい?」
「暫くよ。」
周りより頭一つ以上大きいユリウスがこちらを見ている。
「呼んでるわよ。いってらっしゃい。」
手を振るアタシに振り返った。
「俺負けたね。セーレの願い事は?」
「今でなくてもいいわ。」
ああ、アタシはいつも通りにきれいで優しい顔で笑えてるのかしら。
ジュールが心配しないように。
後ろ姿が人ごみに隠れ見えなくなった。
アタシの濡れるを頬をエリゴスが服の袖で乱暴に拭ってくる。
「お前いかれちまってんな。5年いて悪魔だってこと忘れちゃった?まったく。」
「痛いわよ。エリゴス。」
「どうでもいい。さっさとしろ。怒られに行くぞ。」
「一緒に謝ってくれる?」
「子供かよ。」
「断る。」
アタシ達は夜の闇に溶けて行った。
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