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第4話 闘技場

「どちらが勝つかはジュールが選んでいいわよ。」 街の中心にある円形闘技場はユリウス・リメの最後の試合を見ようと超満員。 夜間開催の興行なので無数の松明で照らされてドラマチックに演出されている。 前座の試合を見て興奮している観客達の熱気は闘技場が揺れるほど。 アタシの隣に座るジュールは不機嫌が隠せない。 賭けることに乗り気じゃないのに、公開処刑を見て喜ぶ趣味は持っていないしね。 すこぶる条件の良い提案にも乗ってこない。 「賭けない。どうせ自分に都合のいい結果にするんだろ。」 「別に裏で何かしようとはしてないし、あの男が勝っても負けても構わないわ。」 ジュールは警戒を緩めない。 「セーレが勝ったら?」 勝つ気は全くないけど適当に答える。 「まあ、アタシのお願いでも聞いてもらうかしら。」 ジュールの顔が険しくなる。 まあ、今まで散々何かにつけてエロいこととかエロいこととかしかしてこなかったし、信用なんてないわよね。 しかも悪魔の言うことなんて信じちゃいけないし信じられないよね。賢いわ。好きよ。 ああ、そんなこと思ってる場合じゃない。 「悪いようにしないから。信じてよ。賭けてよ。」 気づくとアタシ達のやりとりをブエルとエリゴスがすっごい冷たい目で見てる。 この試合が終わった後、アタシは魔界に戻る予定。二人は逃げないよう見張りも兼ねて一緒に観戦している。 「お前も闘技者かよ!」というゴツイ男に変身しているブエルが重く圧をかける。 「もう始まるぞ。早く決めろ坊主。」 人好きのするチャラい男に変身しているエリゴスが薄っぺらく続く。 「ジュール君。気軽に決めちゃおーよ。深く考えないでさ。負けるに決まってる試合だよ、これ。」 さすがに返事をしなくてはいけない状況はまったジュール。 ナイスアシストよマイフレンド。 「負ける…かな。」 まあ、当然そうよね。アタシだってそう答えるわ。 好き好んで不利な方を選ぶバカはいない。予定通りの選択だわ。 ユリウス・リメは負けてジュールは賭けに勝つ。 負けたアタシはジュールの願い事を叶えて魔界に戻る。 それでいいのよ。間違っていないわ。 「じゃあアタシは勝つ方に賭けるわ。ジュールも願い事考えておいてね。なんでも叶えるわ。」 開幕のファンファーレが鳴り歓声が響く。 檻に入れられた猛獣たちが運ばれて来た。 熊・虎・ライオンお腹を空かせているのか闘技場の歓声に興奮しているのか檻の中で大きな雄叫び上げる。 「あら、ライオンを連れて来るなんて興行主も張り込んでるわね。」 南方にしか居ないライオンは珍しく高価な猛獣。こんな高価な猛獣を放つなんてユリウス・リメへの最後のプレゼントなのかしら。嬉しくないだろうけど。 歓声が一際高くなった。奴隷よろしく重い鎖に繋がれての入場。 ユリウス・リメ 24歳 幼い頃肉親を亡くし格闘専門の奴隷として生きて来た男。 2m近くある大きな肉体は全身分厚い筋肉で覆われているキングオブゴリラ。 強すぎて対戦が組む相手がいなくなったとか、雇用主をブッ飛ばしたと言う理由でここに引きずり出されている。 奴隷から解放されるチャンスなんて死ぬ時くらいだから、良い機会よね。勝てればだけど。 「ユリウス」と名を呼ぶコールと「殺せ」のコールが交差する。 ハゲあがった小太りの興行主に引かれて歩くユリウスの足がライオンの檻の前で止まった。 「おいっ!」 大声にヒビる興行主にユリウスが聞く。 「このライオン高いんだろ?殺していいのか?」 「こっ・・・殺されるのはお前だぁ!」 このやり取りに会場が大きく沸いて観客からツッコミが入る。 「ビッグマウスいいぞぉ!」「死ぬのはお前だぁ!!」「バカかぁ!!」 (ああ嫌だ。このゴリラ達のノリ全然受け入れられないわ) 「ユリウス一匹ずつ出して殺さるのと、三匹全部出して殺されるのどっちがいい?」 (どっちも選びたくないサービスだわ) 「かまわねぇ。さっさとしろ。」 「かわいそうだから熊と虎2匹で許してやるよ。死体はライオンの餌だ。」 (ライオンがもったいないのね) 「ごちゃごちゃ うるせぇ。かまわねぇって言ってんだろ!」 ユリウスの重い鎖が外される。 「かかってこいやああぁぁぁあああ゛あ゛あ゛!!!」 大音量の雄叫びを合図に荒れ狂った獣達が飛びかかって行った。 ゴキュ… ライオンの首に太い腕が巻き付き裸絞が決まった。 後ろには既に斃された熊と虎の死骸が転がっている。 あっという間の結末に会場から「金返せ!」「金返せ!」「殺せ!」のブーイングが巻き起こる。 青くなった興行主が飛び出して来た。 「今のは余興です。余興でぇーす!お楽しみはこれからですよぉ。」 (どんな余興よ?) 「さあ!さあ!さあぁっ!ここから本番!血に飢えた狼10頭!さあユリウス・リメの運命は如何に!」 運ばれて来たのは狂ったように吠える狼10頭。 「汚ねぇぞ!ハゲぇぇ!」「ユリウス頑張れぇぇ!」「いいぞお!ハゲ!血を見せろ!」 さすがにこれはやり口が汚いとユリウス寄りの声援が増えて来た。 (頑張って欲しいんだか。死んでほしいんだか。どっちなのよ。) アタシの頬に風が吹いた。 ジュールが立ち上がって叫ぶ。 「ユーリーウースー!!頑張れぇぇ!!」 エリゴスとブエルも立ち上がった。 「ジュール君いいねぇ!僕もたまには人間応援しちゃおっかな。」 「人間を応援する。これも一興。」 (やれやれ、みんな男の子よねぇ。まあアタシも男だけど) ユリウスに群がって襲い掛かる狼が一匹ずつ弾き飛ばされていく。 爪と牙が食い込んでも臆することなく拳を叩き込む。 汗と血が霧のように男の周り包む。 狼が戦意を失いただの吠える犬になった。 もう 彼の勝利は揺るがない。 ユリウスが勝ってしまう。 悪魔が人間に願い事をするなんて間違っているけど、ジュールは訊いてくれるのかしら。 真面目で覚悟があって、抗わないんだっけ?

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