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光の方へ
「……ん、ぅあ、あ、ぁあ、い、いやだぁ」
心が凍えるように冷えて痛むのに、身体は裏切りるように熱くなっていく。ぐちゅぐちゅと卑猥な音も下肢の方から聞こえてくる。
「何が嫌なの?アオ?アオのここ、とってもひくついて、俺を受け入れてくれるのに?」
声音だけは優しい彼。かつては、本気で愛していたような、そんな気がする。なのに、もう顔もよく分からない。声だけが、ずっと心に絡みついている気がした。
奥を乱暴に突き上げる男のペニスが、その先にある子宮口を弄ぶように入っては出てを繰り返している。
「いやぁ、あ、あ、んぅ…ふ、んぁ、あぁ、あっ」
「おまえはずっと俺のものだよ。淫乱で莫迦なおまえが一人で生きていけるわけないだろう?」
「ん…ふぅ、ぼ、ぼくは、一人でも、い、生きていけるっ!!!!!」
思わず男を睨みつけてしまった。その瞬間、右の頬に衝撃が走った。平手打ちされたと気づいた時には左の頬にも同じような痛みが走った。
男はぎゅっとアオの赤く色づき立ち上がった小さな尖りを押し潰した。
「うぅっ…い、いたぁい…」
「ふざけたことぬかすなよ。ダラダラと愛液流しっぱなしの淫乱オメガが、誰に物申してるつもりだ?おまえの主人が誰なのか調教し直す必要があるようだな。」
そうしてアオの両脚を肩に担ぐと、男は更に激しく律動を開始した。
「あ、あ、あぁっ、いやっ、ぃやだぁあぁぁ!!」
「今から30分だ。おまえが孕むくらい大量の子種を奥に注ぎ込んでやる。なあ、アオ。俺とアオの子どもだったら、とっても可愛いと思うんだけど。」
男は縁ぎりぎりに雁首を引っ掛けて、ゆるゆると浅いところで抽送を繰り返した。それから一気に奥までペニスを差し込む。亀頭が子宮口にブチュリと嵌る感覚がした。更に男のペニスの根元が膨張してできた瘤が、みっちりと後孔を塞いでいく。
「ぅあ、あ、あ、あ、やめて、っねがい、いやだぁ」
アオの悲願も虚しく、男は仕上げと言わんばかりに更に奥深くにペニスをねじ込み、叩きつけるような射精を始めた。
「あぁっ!!!!い、いたい、ぬいてぇ、んんんっ」
「無理に抜いたら、アオがもっと傷ついちゃうからダメ。ああ、アオに似た可愛い女の子だといいなあ。」
耳を塞ぎたくなるような自分の喘ぎ声と、自分を絶望の淵に追いやっていく誰かの声。
◇◇◇
無理矢理夢から醒めようと、精一杯の力でアオは目を開いた。途端にぼろぼろと涙が溢れていく。嗚咽も飲み込めないまま、震える身体を必死に抱きしめた。
「水、飲めるか?」
どこかで聞き覚えのある声が降ってきた。けれども、夢でよく聞く男の声とはまるで違う、穏やかなバリトンにアオの意識は徐々に確かなものへとなってゆく。
「あ…え……?」
見覚えのない部屋に自分がいる状況に、アオの頭はよくまわらなかった。
「すまない。ここは俺の家のゲストルームだよ。アオ、きみはバルコニーで倒れたんだ。昨夜のことを思い出せるか?」
心配そうにこちらを伺う男のブルネットを見て、アオは全てを思い出した。
(そうだ、僕は前のご主人様とパーティーへ行って、捨てられたんだ。……それで佐伯先生が、)
言葉を紡ぐ前にアオの身体は動いた。
ベッドの脇に置かれた小さな椅子に座る佐伯の足元に、転げ落ちるように跪いた。それから、彼の履いている黒い靴下の中へ覚束ない指をするりと滑らせ、脱がせようとした。
しかし、その手は佐伯によって握り込まれてしまった。そして、佐伯はアオと同じように床へ座り込む。その行為をアオは信じられないという風に見つめていた。そんなアオの表情に、佐伯が心を痛めていることなど、知る由もなかった。
「すまない。俺に触れられるのは辛いだろう。きみを処置してくれた看護師にも触れないようにと言われていたのだが。あまりにも、震えていたから。」
「え……」
アオは指摘されて初めて、自分の手が酷く震えていることに気がついた。
「いいんだ、ここでは、きみの心や身体が嫌がるようなことは、しなくていいんだ。夢にまで魘されて、身体の震えだって治っていないのだから。」
「あ…でも、僕、新しいご主人様には、必ず足の指先にキスをするようにと言われていて……」
「誰がそんな酷いことをきみに教えたのだろうね……きみがそんなことをする必要はないんだよ。」
佐伯が切なそうに眉根を寄せて呟いた。
「佐伯先生……先生は僕の新しいご主人様ではないのですか…?そうか……僕は、その、使いものにならないオメガだから、身体と見た目だけがちょっといいだけのオメガだから、龍野先生も、その前の先生も、僕の主人であることをやめてしまったんだった…そんな欠落品のご主人様にはなりたくないですよね……」
アオは自分の思い上がりを恥じた。
「すみません、佐伯先生のような高潔な方に、こんな下品なことをしてしまって……それに倒れた介抱までさせてしまって、ご迷惑をおかけいたしました!!!…あ、あの、すぐ出ていきますので……」
途中からは、あまりの無礼と羞恥から涙も滲んできたが、アオはどうにか堪えて部屋を飛び出そうとした。
しかし、背後からたくましい腕に抱き込まれてしまった。
(あ…いい匂い……)
何故だか、そんな場違いなことを感じた。
「すまない。きみにそんな言葉を言わせるつもりなんてなかった。俺はきみの言うご主人様にはなれない。ただ、きみの傍にいたいだけなんだ。」
「ど、どうしてですか?僕には、あなたに傍にいてもらえる資格なんてありません。だって、僕は番を、番を……」
また酷く身体が冷たくなってきた。
「いい、言わなくていい。辛かったことや苦しかったことを、無理に思い出す必要はないんだ。」
佐伯の抱き締める力が強くなった気がした。そして、そこから段々と温かい体温が伝わって、アオの身体にも熱が分け与えられてゆく。
「アオ、ここに居てくれないだろうか?きみの、今の酷い状態が、少し良くなるくらいまででもいいから。俺は誓って、きみの嫌がるようなことはしない。ただ一緒にご飯を食べて、家で映画を見たり、ふらりと散歩をするような、そんな生活をきみと送りたい。出会ったばかりの男に突然言われても困るかもしれないが。」
背後から抱きしめられているので、アオには今、佐伯がどのような顔をしているのかが分からなかった。けれども、無性に彼の顔が見たくなった。アオは彼の逞しい二の腕に、そっと手を置いた。
「先生、僕、先生とは出会ったばかりだけれども、先生の小説とはもう何年も前から出会っています。だから、あの時、バルコニーで先生と会えた時、先生が佐伯雅史であると知った時、実はとっても嬉しかったです。ずっと、手の届かない人だと思っていたから。今、こうして抱きしめられているのも、夢じゃないかって思うくらい、嬉しいです。」
後半、アオは涙が溢れて声が震えてしまっていた。
佐伯は、今度こそはと正面からアオを抱きしめた。
「もう一度聞く。きみは俺と一緒に居てくれるだろうか?」
「やっと、顔が見れた……。僕は、佐伯先生と一緒に、いたいです。」
アオは佐伯の肩に顔を埋めて涙を流した。
佐伯から漂う甘い金木犀の香りによって、冷たくなった心が溶かされていくような心地になる。そうしているうちに、安心してしまったのか抗えない眠気が襲ってきて、アオは意識を手放した。
◇◇◇
腕の中にいるアオの体温が、徐々に戻っていることを感じて佐伯は胸を撫で下ろした。
透からの許可を得てゲストルームへ入ると、アオは再び眠っていた。そのため、佐伯はベッドの脇に椅子を持ってきて、眠るアオの様子を見守っていた。深夜に、透は点滴を外し一色と共に帰っていった。
「隆文さんがなんて言ったかは知らない。でも僕は、アオくんを守れるのは、佐伯さんだけだと思うから。」
透は出がけにこっそりと佐伯に告げた。
そんな言葉に励まされながら、アオのそばにいたら、突然酷く魘され始めた。明け方近くのことであった。そうして気が動転したアオを治めるのに、やむなく彼に触れてしまったが、彼が自分の腕の中ですやすやと寝ている姿に、佐伯自身の心も満たされてゆく気分になった。
そして、自分との生活を選んでくれた彼を、たまらなく愛おしいと思った。
カーテンから僅かに漏れ出る透明な光をぼんやりと見つめながら、佐伯はアオのこれからの人生が、少しでも光の方へと行くことを願った。
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