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熱と金木犀 2
アオは目を覚ますと、身体が何か暖かいものに包まれていることに気がついた。
目線だけ上げると、そこにはよく見知った男が寝ていた。さらさらとした漆黒の髪、鼻梁は高く真っ直ぐで、切れ長の目は今は閉じられている。男の逞ましい腕の中で、随分と深く眠りについていたんだ、とアオはしみじみと感じた。
酷くどろどろとして自分に纏わりついていた病院着とシーツは、いつの間にか清潔なものへと取り替えられていた。よく見れば、目の前の男も何故か自分と同じ病院着を着ている。
アオは男の胸元に顔を埋めて、深く息を吸った。胸までいっぱいにしてくれる金木犀の香りに、気分も落ち着いていく。
(……佐伯さんの匂い)
ぴくりと佐伯の目蓋が震えた。
「あ…おは…けほけほっ」
アオは「おはようございます」と言おうとしたが、喉がひりついて咳が出てしまった。咳の衝撃で、段々と思考がクリアになっていく。すると、身体のあちこちが痛みを訴えていることに気づく。特に、喉と腰と、自身の後孔が。
「……ん、アオ、起きたのか。体調は?」
少し掠れた、それでも目一杯の優しさを含んだ声が、行為の名残を予感させてしまう。アオは、自身が発した女のような喘ぎ声や、「もっと」とねだった時に垣間見えた佐伯の雄の顔を、細切れに、しかし鮮明に思い出して、ぶわっと赤くなった。
「うあ、ぼ、ぼく、すみ…けほっごほっごほっ」
今度は謝罪しようとして、再び酷く咳き込んでしまった。
「すまん、すぐに気がつけばよかった。」
佐伯は見当違いな謝罪をすると、簡素なチェストの上にある、新しいミネラルウォーターのボトルの蓋を開けた。
差し出されたボトルを、アオは素直に受け取り、こくこくと飲んだ。まだ少し冷たい水が喉を通るたびに、生き返ってゆくようだった。飲むことに夢中になっていたら、口の端につっと水が伝ってしまった。アオが慌てて拭き取ろうとすると、ひと足早く佐伯の親指で拭われてしまった。そして、佐伯の指が去ったと思った拍子に、アオは佐伯にぐいっと抱き寄せられて、額にキスを落とされた。
「ふえっ…」
あまりの衝撃に変な声が出てしまった。
「嫌だったか?」
佐伯が微笑みながらアオの顔を覗き込む。
「い、嫌じゃなかったです……」
アオが俯きながら応える。下を向いても、その顔が真っ赤に染まっていることに佐伯は既に気がついている。
「それならばよかった」
佐伯は満足そうに告げると、ちゅっ、ちゅっ、とアオの顔にキスを降り注いでいく。アオもきゅっと佐伯の背中に腕をまわした。密着すると、金木犀の香りが更に強くなり吐いた息が熱を持つ。
「アオ、また抱いても?」
佐伯が熱を孕んだ目で見つめてくる。それだけで、後ろがどろりと濡れた気がした。
アオはこくりと肯いた。
「……ん、ふっ」
後孔がみっちりと佐伯の瘤で塞がれ、痛いほどの精液を最奥に注がれる。それでも、アオの心は満たされていた。佐伯の精液で膨れた腹を思わずさする。すると、こんこんと最奥を突かれた。
「んあっ…!!!!」
実際は、瘤がありペニスの抜き差しができないので、佐伯は軽く腰を揺すっただけであったのだが、今のアオには大きな快楽をもたらす動きであった。
佐伯は肩に乗せたアオの両脚をゆっくりとおろした。そして、ペニスはアオの中に入れたまま、慎重に体位を変えていく。アルファの射精は量も多く時間も長い。そのため、なるべくアオに負担のかからない体勢を取らせたかった。佐伯はアオの背後からしっかりと抱きしめて、横を向く。いわゆる側位の体勢をとる。アオの顔は見えないが、緩やかに繋がることができる。そうして、適度にゆるゆると腰をまわす。前立腺をかするような、それでも強烈な快感を煽らない抱かれ方に、アオの身体は小さな痙攣を繰り返す。その度に後孔がきゅっと締まり、中の襞が佐伯のペニスを愛撫してゆく。じわじわとゆっくり昇り詰めていくような快感にアオは小さく喘ぐ。
「っふ、う、ん、ん、あぁ、あぁぁぁっ」
一際大きくアオの中がうねった。ぶるりと震えると脱力してしまったアオのペニスに佐伯は手を伸ばす。そこは、とろりと僅かに透明な液が滲んでいるだけで、白濁は出ていなかった。
(ナカだけで極めたのか)
佐伯は意識を失ったアオをきつく抱きしめた。
◇◇◇
佐伯はアオが深く眠っていることを確かめてから、ゆっくりと元の大きさに戻ったペニスをアオの中から引き抜いた。
それから、チューブに入った薬剤をアオの後孔に押し入れ、こぼれないように自身の指で塞いだ。しばらくすると、アオの腹からきゅるきゅると音が聞こえてきた。佐伯は、栓代わりにしていた指を抜き、アオの腹をそっと押した。そして、あらかじめ用意されていた容器にアオの腹の中身を排出させていく。ぶりゅっという音と共に出てくるのは、佐伯の精液だけであったが、羞恥を煽るであろうこの後始末は、アオの記憶に残らないように行いたかった。
アオの発情期 が始まって今日で七日目だった。恐らく、先ほどの繋がりが最後だろう、と佐伯は思った。
新しい病院着とシーツに包まれて穏やかな寝息をたてるアオの頭をそっと撫でる。佐伯は、アオの首筋に鼻を近づけて、金木犀の香りを吸い込んだ。
――この子がちゃんと戻ってきてくれて良かった。
深夜、夏はもう終わる。
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