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ミモザ
「ミモザか?」
二人の生活が染み込んだ無垢材の柱に、西陽がさす。その鋭利すぎない形は、穏やかな時の流れを映し出していた。僅かに、丁寧な生活の一場面が垣間見えるこの瞬間を、アオは最も愛すべきものとして、密やかに気に入っていた。
「ええ、多岡さんからの頂きものです。」
その柱には、季節が移ろう度に、アオが好み選びとった花たちが飾られる。括り付けられた鉢植え用のワイヤーの中には、幾分か小ぶりなガラスの瓶が収められていた。そして、その瓶を隠してしまうほどのミモザが降り注いでいた。その様が、彼と彼の愛に見えて佐伯は目を細める。
「これは、揺れるでしょうか?」
ふとアオは佐伯に訊ねたのだった。息を吐くように紡ぎ出された言葉は、彼の手で束ねられた黄色のミモザを指していた。
「あの出窓から風が入れば、きっと揺れるさ。」
「それは、きっとそうでしょうね。」
そうやって柔らかく微笑むアオを、佐伯がよく目にするようになったのは、まだ最近のことである。
「もしも、風や空調も、あらゆる外部の刺激全てが遮断された空間で、このミモザは揺れるでしょうか?」
「何故、そのようなことを?」
アオの頬に触れ、指通りの良い髪を撫でるように梳いた。佐伯には、彼の質問の意図がさっぱり分からなかったのである。
「昔ね、聞いたんです。」
◇◇◇
それは、アオがまだ中学生の頃であった。もう顔も思い出せない国語の教科担当の先生が、どこかで教えてくれた話だ。
「壁の一角に飾った花がね、全てドライフラワーになっているものだったのだけれども、何故だか揺れるんです。エアコンだって効いていないし、窓だって開けていないのに。」
アオはその時、ただ冗談で軽薄な怪談話なのだと決めつけた。それは、その後に続く怖い展開に備えての事だったのかもしれない。
しかし、続いた言葉は、アオにとって意外なものだった。
「明るい部屋で色とりどりの花が揺れる。あまり嫌な気持ちはしませんでした。その当時、大切な友人を亡くしたばかりだったから、きっと彼女が来てくれたのだと私は思ったの。」
どうしてそんな話が持ち上がったのか、今では思い出せない。ただ、その記憶の断片がずっとアオの心に刺さっていた。
◇◇◇
佐伯は彼の言わんとする事をやっと理解した。
「それならば、揺れないだろうな。」
「どうして?」
「きみを大切に想うあの子は、きみと俺の人生を少し遠くから見守ってくれるだろうさ。」
内緒だよ、と耳元で囁けばアオは少しだけ泣いた。
ミモザは揺れなかった。
(ミモザ 終わり)
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