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貢サイド-9-

 五段目の引き出しで見つけたパンツを履き、ワイシャツにパンツと言う恥ずかしい格好で居間に行くと、光は俺の作った料理を見つけ感嘆している最中だった。 「凄い! どうしたんですかこの料理? もしかして先輩が?」 「まぁ……」 「食欲が出てきたんですね?」  それは違う。  お前の為に作ったんだ。  他の人間になら簡単に言えるセリフが喉の奥に引っかかり「嫌いなものが無ければ食えよ」そう言うのが、精一杯だった。  光は優しく微笑むと「はい」と言った。  料理を食べている間中「ウマイ」とか「美味しいです」とひっきりなしに言った。  相変わらず飯の味は何も感じなかったが、光があまりにも美味しそうに食べるものだから、何時も以上に食が進んだ気がした。 「もっと遅くなると思っていたんだがな」 「はい。もっと遅くなる予定でした。でも、先輩の様子が気になって兄に店番押し付けて来ました」  光は悪戯っぽく笑った。 「気を使わせたな」  光は何も言わず、ただ微笑んだ。  食事を食べ終える頃には、二十三時を回っていた。  片付けをしておく間に風呂に入る事を進めると、作ってもらったのだから片付けは自分がすると言い張ったが、俺はそれをなんとか言いくるめた。  渋々了承した光は、家から持ってきたお風呂セット(?)をリュックから取り出し「お湯お借りします」と申し訳無さそうに断り、おずおずと脱衣所に向かった。  二人分の皿洗いなどたいした時間もかからない。  光が出てくるまでまだ時間がありそうだったので、テレビをつけたソファに腰掛けた。  面白いと思える番組などやってはおらず、テレビだけでは暇つぶしにならないと思い、何かないかと部屋を見渡すと冷蔵庫が目に留まった。  確かビールがあったはずだよな?  立ち上がり、冷蔵庫を開けると数本のビールが鎮座していた。  一本だけを取り、ソファに戻るとそれを飲んだ。  ……美味しくないな。  賞味期限でも切れているのかと缶を眺めていた時だった。 「先輩!」  突如呼ばれ、思わず缶を落としそうになった。 「何だよ!」  声の方へ向き直ると、黒いジャージに着替えた光が立っていた。 「駄目ですよご飯もちゃんと食べていないのにお酒なんか飲んじゃ!」 「平気だよこの程度の酒なら」 「身体壊しますって!」  そう言い、無理矢理ビールを奪い取ると、身長が高い事をいい事に腕を真っ直ぐ上に伸ばし、俺の手が届かないようにした。 「返せよ!」  何故か俺はムキになって取り返そうと、光の腕に手を伸ばした。 「ちょっ、先輩危ないですよ!」 「返せ!」 「あっ!」  取り合っているうちにビールを頭から被ってしまった。  シュワシュワと炭酸の弾ける音が頭の天辺から下へ下へと降って行く。  アルコールの匂いが鼻に付いた。 「す、すいません!」  光は慌ててタオルを取りに行った。  あーあ。  最後の一枚だったのに……。  これで着るものがなくなってしまった。  タオルを持って光が戻って来る。 「すみません」  申し訳無さそうな顔をしながら、頭やら顔やら丁寧に拭いた。 「気にしなくていい。俺もムキになって悪かったよ」  どちらかといえば俺が悪いのだが、光は本当に申し訳無さそうに大きな身体を小さくし、情けない顔をしていた。  それがなんとも可愛らしくて、思わず噴出すと、釣られるように光も笑った。 「ビール臭いな。シャワー浴びるか?」 「一緒にですか?」  何気なく口にした言葉に鋭いツッコミが入り、一瞬惚け、二人でシャワーを浴びる図を想像してしまうが、邪念を払うように何度か左右に頭を振り、我を取り戻すと力一杯否定した。 「一人ずつに決まっているだろ?」 「ですよね」  引き攣った笑顔の俺とは対照的に光は照れたように笑うと、ビールを多く被ってしまった俺に先に入るように促した。  俺は言葉に甘え、先にシャワーを浴びさせてもらった。  着替えがないためパンツ一枚で居間へ戻ると、光は不思議そうな顔で俺を見た。 「先輩。着替えは?」 「無い」 「はい?」 「クリーニング屋に取りに行かないと無いんだ」 「それじゃぁ……」 「お前には悪いけど、今日はこのまま寝るわ」 「あの、替わりに俺のを着てください」  慌てて自分の着ているジャージを脱ごうとする。 「いいよ、それはお前が着とけ」 「でも……」 「先輩命令だ」  わざとらしく胸を張り偉そうに言うと、光は小さく笑い「分かりました」と、納得してくれた。 バスルームから出てきた光をパンツ一枚で出迎える事となり、気まずさから姿勢正しくソファに座っていると、そんな俺の様子に驚いた光は困惑の表情を向けた。 「どうかしましたか?」  まぁ、そうだな。  どうかしているよ。本当になんか色々とな。  何で俺は気まずさなんか感じているんだろうな。  自嘲気味に笑い、なんとか踏ん切りを付け、立ち上がり 「ね、寝るか?」  顔を引き攣らせながら問うと、光は「そうですね」と何時もの笑顔で頷いた。  男同士だし、布団に入れば裸なんて見えない。大丈夫だと自分に言い聞かせ、寝室へ向かうと、光はおずおずと付いて来た。  ぎごちない動作でベッドに入り、光が入れるように場所を空けるが、光はベッド脇に立ち尽くしたまま入っては来なかった。 「どうかしたか?」 「いえ」  ダブルベッドに横たわった状態で掛け布団をめくり、隣に来るように催促される。  しかもパンツ一枚の男に……。  普通は引く。  ドン引きだ。  だが、ここで帰られては困る。 「早く入れよ」  催促すると、ぎごちなく頷き、ベッドへ入って来た。  見れば顔は笑っているが、明らかに緊張している。  緊張するなよ。  俺まで緊張するじゃないか……。  ダブルサイズのベッドに、大の男が二人身体を強張らせて横になっている。  端から見たら、さぞ滑稽だろう。  俺が第三者なら笑うところだが、残念な事に俺は当事者だった。  空気が重く感じる。  このまま変に距離をとっている方が気まずいのではないかと、俺は思い切って光に抱きついた。  そしてすぐさま後悔した。  光が家に来た時から緊張でドギマギしていたが、今現在それはピークに達していた。  俺の心臓は、まるで百メートルダッシュを何本かこなしたように早鐘を打っている。  密着している状態でそれが分からない訳がないのに、俺を煽るつもりなのか……。  いや、光にそんなつもりはないのだろうが、たどたどしい手つきで腕を背中に回され、俺の心臓は破裂寸前だった。  童貞小僧でもないのに、こんなに緊張している自分に驚く。 「すみません」  急に光が謝った。 「先輩と寝るの三回目なのにまだ慣れなくて……心臓うるさいでしょ?」  言われて気付いたが、光の心臓も俺同様に早鐘を打っていた。  なんだか、急に笑いが込み上げて来た。 「先輩?」 「悪い。何だかな、俺たちただ寝るだけだって言うのに……まるで初夜を迎える恋人みたいにドキドキしてバカみたいだな」  声を殺して笑う。  笑っているうちにそれは次第に嗚咽に変わっていった。  涙がこぼれる。  堪らなくなって光のジャージに力一杯しがみ付いた。  何故泣いているのだろう?  訳が分からない。  光は何も言わずに優しく頭を撫でてくれた。  今夜も光の腕の中で泣いている自分がいた。

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