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貢サイド-8-

 昼休みをまるまる光と一緒に居られたお陰か、俺の精神はすっかり落ち着いた。  五、六時間目を受けたには受けたが、何をやったか覚えていない。  授業中、ぼんやりとただ光の事を考えていたような気がする。  放課後、光の顔を一目見ようと、一階をうろうろしていると訊いても居ないのに見ず知らずの一年どもが光の居場所を口々に俺に知らせてきた。  教えられたとおりに生徒会室へ行き、無遠慮に扉を開いた。 「あれ? 先輩どうしてこんな所に? 生徒会に何か用ですか?」 「いや」  夜になれば家に来てもらえるというのに、一日に何度も会いに来ておかしいような気がした。  何か会いに来た用事を作ろうと考えたが、良い理由が何も思いつかず、仕方なく昼の事を持ち出す。 「昼は悪かったな……俺の所為で飯食いそびれただろ?」 「そんな事を気にしていたんですか? いいですよそんな事」  気にしていない訳ではないが、それよりも何よりも光の顔が見たかっただけなのだ。 「あのよ……」  俺の言葉を遮るように生徒会室の扉が開かれた。  眼鏡を掛けた男と、そいつを挟むように左右に男が一人ずつ居た。 「稔川君その人は?」  俺には目もくれず、光に問いただすように訊く。 「はい、会長。こちらの志野原先輩は、俺の落し物をわざわざ届けてくださったんです」  生徒会以外の人間が生徒会室に居る理由が必要だったのか、光は嘘を吐いた。  光の言った事を信じたのかいないのか、眼鏡の男は睨め付けるように俺を見た。  明らかにこの男の視線には嫌悪感があった。  この男とは初対面のはずだが、悪い噂を色々聞いていて、俺の事が嫌いなのだろう。 「稔川君そろそろ会議を始めようと思います。其方の方には引き取ってもらって下さい」  光は俺の腕を掴み生徒会室から連れ出した。 「話の途中なのにすみません。夜は、ちゃんと行きますから」  そう言うと、生徒会室の中に消えて行った。  パタン。  扉が閉じた瞬間。何故か、光に拒絶されたような気になった。  これから会議があり、眼鏡の男に俺を追い払えと言われたからそうしただけで、光の意思とは関係ないと分かっているのに。  グラグラする……。  まただ。  頭の中を何かが過ぎ去った気がする。  何かを思い出したような気がする。  気持ち悪い。  頭の中に手を突っ込まれて記憶を引き摺り出された感じだ。  ずるずると……。  でも、何を思い出したのか分からない。  気持ち悪さだけがハッキリと残っている。  誰も居ない廊下に崩れるようにうずくまる。  気持ち悪い。  吐きそうだ。  助けてくれ!  光……。  壁にもたれるようにその場に崩れ落ち、ひんやりと冷たい壁の感触を頬で感じながら、身体が動くようになるのただじっと待った。  暫く壁に身体を預けていると、何とか動かせるようになった。  鉛のように重い身体を気力で無理矢理起こし、気持ち悪さを引き摺ったまま家に帰った。  何もする気になれず、着替えもせずにそのままベッドへ倒れ込む。  ぼんやりと天井を見つめた。  光が来るまで、あと六時間ぐらいある。  永遠のように長い時間だ。  身体を翻し、うつ伏せになるとベッドから光るの匂いがした。  どうしてアイツの匂いはこんなにも甘いのだろうか?  そしてこんなにも俺を落ち着かせるのだろうか?  布団を抱きしめると、光に抱き付いている気になる。  早く会いたい。  六時間という時間が、もどかしい。  光……。  ガクッと落ちる感覚に襲われ、意識が覚醒する。  俺は寝ていたのだろうか?  時計を見ると一時間だけ時が経っていた。  頭は重かったが、あの気持悪さは消えていた。  喉がカラカラだったので水を飲もうと身体を動かす。  キッチンへ行き、冷蔵庫を開けると、チーズとビールが三本。それにミネラルウォーターが一本あるだけだった。  水を取り出しそのまま体内に流し込んだ。 「これじゃあまた光に呆れられるな……」  食欲はやはり無かったが、食べ物を買いに行く事にした。  食料が冷蔵庫一杯に詰まっていたら光が喜んでくれる。何故かそんな気がして。  善は急げと、財布を持つと直ぐさま家から飛び出た。  近所のスーパーへ行き、両手一杯に買い物をすると、取って返した。  家に戻ると、買ってきたものを適当に冷蔵庫に詰め込み、一息つきたところで時計を見ると二十時半だった。  光が来るまでまだ大分時間があるな。  折角買ってきた食材だ、俺は兎も角光は腹を空かせてくるかもしれない。  暇潰しもかねて晩飯の用意を始める事にした。  まともに飯を作った事など一度もなかったが、手先は器用だし、要領もいいから作り方さえ分かっていればそれなりのものを作る自信がある。  飯の材料を買う途中で買った料理の本を片手に、作り始めると意外と面白かった。  きっと光の為に作っているからだろう。  これが、自分の為の飯作りだったら多分……いや、確実に面白くも何ともないだろう。  他人の為に何かをする楽しさを感じながら一品。また、一品と全部で五品も作ってしまっていた。  飯の支度が終わると、やる事が無くなってしまい、仕方が無いので風呂に入る事にした。  着ていた物を水のはってある洗濯機に放り込むとバスルームに入り、シャワーを浴びながらある事に気が付く。  さっき作った飯。  アレは俺が初めて人に作った料理だった。  光は食ってくれるだろうか?  いや、食ってくれなくてもいい。ただ喜んでくれさえすれば……。  そんな事を考えていた時、不意にインターフォンが鳴った。  晃なら勝手に入ってくるだろう。  インターフォンなんか鳴らすばすが無い。  光が来るにはまだ時間が早い。  誰だ?  こんな時間にセールスも無いだろう?  ピンポーン……ピンポーン……。  催促するように鳴る。  うるさい!  俺はタオルを一枚巻いて渋々受話器を取った。 「はい?」  鬱陶しそうに出ると、受話器の向こうから優しく穏やかな声がした。 『稔川です。ロビーの鍵開けてもらえますか?』  俺は慌てて、一階のロビーにある玄関のキーロックを解除した。  受話器はまだ繋がったままだった。 「玄関の鍵も開けておく。勝手にあがっていいから……」 『分かりました』  光の返事を聞き受話器を元に戻すと、俺は慌てて着る物を取りに、寝室へ向かった。  ここのエレベーターは結構早いのだ。  急いで着替えなくては、裸で光を出迎える事になってしまう。  ただでさえ男の添い寝なんて気持ち悪いバイトをさせているのに、裸で出迎えなどしてしまったら、気持ち悪さを通り越して恐怖を与えかねない。  光が二度と来てくれなくなったら困る。  それだけは絶対に避けなくてはならない。  ポタポタと拭ききれていない滴が落ちるが、そんな事に構っている余裕は無く、足早に寝室に入ると勢いよくクローゼットを開けた。  見事に空だった。  ここ数日不眠症と食欲不信からか何もする気になれず、殆どのものはクリーニング屋に持って行き、預けっぱなしだった。  まだ、着るものが残っている事を祈り、今度は箪笥を上から順に開けていくが空に近い状態だった。  四段目を開けようとした時、箪笥を慌てて引っ張った所為か途中で引っ掛かってしまった。  こんな時に!  押しても引っ張っても動かない。  仕方なく腕だけを引き出しに突っ込んで手に触れた物を適当に引っ張り出した。  出てきたのは白いワイシャツだった。  濡れた身体のままそれを着ると次は下に履く物を探した。 「先輩?」  不意に呼ばれ、俺の身体は硬直し、頭はパニックを起こした。  どうしたんだ俺は?  人妻の家に転がり込んでいた時に、旦那が帰って来たって動揺なんてしなかった。  裸なんか色んな奴に見られてきた。  それどころかSEXしているところだって見られた事がある。  どんな時でも何も感じなかったのに……。  そんな俺が焦っている。  裸で出迎えは免れ、恐怖を与えずに済んだが、裸よりも現状が良いとも悪いとも言えない。  裸に白いワイシャツだけを着て、おまけに身体中濡れている。  これが女なら凄くいやらしい格好だ。  なんて格好をしているんだろう俺は……。  一体何なんだこの気恥ずかしさは?  いっその事男らしく、下半身にタオル一枚巻いている方がマシだったかもしれない。  いや、だからそれは恐怖を与えかねないから……。  待て、落ち着け俺!  俺も光も男なんだから別に意識する必要は無いんじゃないか?  ドクン。ドクン。  心臓がうるさい。  頭はパニックを起こしたままで、振り向く事も出来ない。 「先輩。お風呂に入っていたんですね。すみません。俺が早く来たばっかりに出る羽目になって」  風呂なんかどうでもいい。お前が来るまでの暇潰しだったんだから。  早く来てくれて本当に嬉しいんだ。 「俺、キッチンの方に居ますから着替えて来てください」  光はそう言って寝室のドアを閉めた。  たっ、助かった。  危険が迫っていたわけでもないのに何故かそう思い、胸を撫で下ろした。

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