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光サイド-2-
何故誰も気付かないのだろう?
それとも彼がこんな風に見えているのは自分だけなのだろうか?
二年前、彼を初めて見た時は蒼い炎のような人だと思った。
静かで強く、触れる者を全てを焼き尽くすような……。
だが、今の彼はどうだろう?
蒼い炎は今や風前の灯火と言った感じで、吹けば消えてしまいそうだった。
生きているモノ独特の生の感じを受けなかった。
まるで生きながら死んでいるような……。
二年前と変わらず彼の周りには人が居た。
寝不足でやつれている事は心配して声を掛けているようだったが、それだけだった。
彼の今の状態を重く感じている者はいないようだった。
俺の住んでいる家は、一階が酒屋を営んでおり二階から上が自宅となっている。
二階には居間と父の寝室があり、三階は俺と竜也兄さんの部屋がある。
俺達にはちゃんと一つずつ部屋が与えられていたが、事ある事に俺は兄の部屋に入り浸っていた。
竜也兄さんとは年が五つ離れているし、血も繋がってはいなかったが、一人の人間として竜也兄さんが大好きだった。
ものの考え方や行動のとり方が自分とは違っていたが……。
いや、だからこそか?
自分では気付けない事を気付かせてくれる。
人は一方方向の視点からしか景色が見られない。
だからこそ沢山の人間から話を聞き、その人間の視点から見えている景色を知り全体を知る必要があると思う。
ただ、景色によって訊ける人間が限られてくる。
志野原 貢については竜也兄さんにしか相談出来る人間が思い浮かばなかった。
兄は広い視野を持っていたし、人間を見るのが上手い。
何よりも何時でも誰よりも俺の味方だったから、俺は志野原さんの事を話してみた。
「それはアレだな、蛙だ」
「蛙って、何の事?」
竜也兄さんの言った言葉の意味が分からず、聞き返した。
「生きた蛙を急に熱湯に入れると、ビックリして飛び跳ねるんだけどよ。水の時から蛙を入れて熱すると徐々に熱くなっていくものだから、気付かずにそのまま茹で上がっちまうんだとさ。それと一緒だろ?」
ああ……。
「お前は二年前の志野原から今の志野原を見たからギャップがあり過ぎて違いに気付く事が出来たが、何時も一緒に居る連中は徐々に変化している志野原に馴れちまっていて気が付けなかったんじゃないのか?」
そういう事なのか?
志野原さんと周りにいる人達を見ていると、瀕死の状態の人間を手と手を繋ぎ、笑いながら囲んでいる。
そんな異様な光景に見えてしまっていたが、それはただ、誰も気付いていないから。
志野原さん自身も気付いていない事だからなのか?
「愛しているのか?」
唐突に問われビックリした。
兄は前後の言葉を省略して話す癖(?)があり、俺は質問に質問で答えてしまう事が度々ある。
「いきなり何? 何が訊きたいの?」
兄は飲んでいたジュースの缶を口から離し、俺を凝視する。
「俺はお前を愛しているぜ……弟としてな。だから今までもこれからもお前の為なら何でもしてやりたいと思うし、今後どんな事があろうと見捨てたりしない覚悟がある」
兄の訊きたい事が何なのかが分かった気がした。
「話を聞いている限りじゃ志野原って奴は大分切羽詰まっているようじゃねーか。溺れている人間はなりふり構わず差し伸べられた手にしがみ付くぞ。最後まで付き合う覚悟はあるのか?」
覚悟……。
「困っている人間を助けたいだけならやめとけよ。愛していないなら・・・・・・お前が辛くなるだけだ」
愛……。
竜也兄さんの言っている事は分かる。
分からないのは自分の気持の方だ。
俺が答えを出しあぐねいでいると兄さんは「仕事に行ってくる」そう一言残し、部屋を出て行った。
1人になって考える時間をくれたのだろう。
所有者のいなくなったベッドに寝そべり、改めて志野原さんの事を考えてみた。
二年前初めて彼に出会った時は彼の存在に圧倒されてしまった。
だからもう一度話してみたい。
近い存在になりたいと思いながら、彼を本気で探す事はしなかった。
彼と自分とは別世界の住人のように思ってしまっていた。
俺の志野原さんにたいする気持はファン心理に近いに違いない。
好きだと思う。
でも、愛してはいない。
ただの憧れなんだと思う。
形の無いものの正体を見極めるのは難しい。
これで合っているのかすら分からない。
兄の言葉が頭を過ぎる
『困っている人間を助けたいだけならやめとけよ。愛していないならお前が辛くなるだけだ』
分かっているんだ。
頭ではよく分かっている。
でも、俺が手を差し伸べなければあの人はどうなってしまうのだろう?
考えたら恐くなった。
有ってはいけない事。
一番最悪の結果を想定してしまった。
辛くてもいい!
傷付いてもいい!
あの人を助けたい!
心がどうしようもないくらい、そう叫んでいた。
午前三時。
気持が固まった事を仕事から帰って来た竜也兄さんに打ち明けた。
兄は何も言わず、やはりあの微笑を浮かべ俺の頭をクシャクシャにするように撫でた。
翌日、俺はあの人に声を掛けるべく学校の門の前で待っていた。
志野原さんは人を拒絶しているところがあるから、今までに手を差し伸べられてもそれを全て振り払ってしまったのかもしれない。
俺の手なら……。
二年前、誰に対しても無表情で眉一つ動かさなかった彼が唯一微笑みかけてくれた俺の手なら取ってくれるかもしれない。
そんな淡い期待をしていた。
数十メートル先からダルそうに歩いてくるあの人の姿が見えた。
この期に及んで、何て声を掛けようかなんて事を考えている。
緊張のし過ぎで心臓が口から出てきそうだった。
あと一メートルという距離まで来ていた。
俺は緊張しているのを悟られないように出来る限り柔らかく微笑み「おはよう御座います。志野原さん」
そう彼に声を掛けてみた。
色素の薄い鳶色の瞳は俺を映したが、それだけだった。
「ああ」とそっけなく応えると、すぐに目線を外し俺の前を通り過ぎて行った。
あの人は……。
俺の事など覚えてはいなかった。
普通に考えれば当たり前の事だった。
二年前たった一晩、暗がりで出会った男の事など覚えている方がおかしい。
志野原さんは髪型は変わったもののそれ以外はあの時のままだったが、俺は身長が20cm以上も伸び、身体つきもガッシリとしてまるで別人のように変わってしまったから分かる筈もない。
初めから始めなくてはいけない。
今から関係を築いていって間に合うだろうか?
胸の辺りがざわつく。
心がどうしようもないほど焦っていた。
だが、焦ったところでどうなるものでもない。
俺はその日から毎朝志野原さんに声をかける事にした。
声をかけ続ければ、そのうち俺の事を覚えてくれるかもしれない。
変な後輩だと思われてもいい。
兎に角糸口が欲しい。
毎日挨拶を交わすだけの人間から始まり、世間話をする人間。
何時かは親しい友人になれたらと、期待しながら毎日学校の門の前で志野原さんを待った。
だが、初めて声をかけた日から何週間経っても、志野原さんは俺を認識しはしなかった。
それどころか識別すらしていないようだった。
彼の周りにいる大勢の中の1人でしかなかった。
これでは手を差し伸べるどころではない。
今のままでは彼に近付く事すら出来ない。
仮に近付く事が出来ても、何も出来ない。
しても無駄だ。
どんな事をしてもあの人には届かない。
あの人が俺を見つけない限り全て無意味なのだ。
一体どうすればいい?
どうすればあの人に見つけてもらえるんだろう?
分からないまま……。
どうする事も出来ぬまま……。
ただ月日だけが過ぎていった。
目に見えて衰弱していくあの人を見る度に、胸が締め付けられるように痛かった
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