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光サイド-5-

 何が起きたのか分からなかった。  兎に角志野原さんをベットに運ぼうと、家の中を一周してベットのある部屋を確認し戻った。  抱きかかえると、力の抜けた身体はとても重く感じた。  ドアや壁にぶつけないように気を付けながらベットに運び、志野原さんが目覚めるのを待った。  救急車を呼ぶ事も考えたが、怪我をしているわけでもなく、発作という類のものでも無いようなのでとりあえず様子を見る事にした。  暫くすると志野原さんは薄っすらと目を開けた。 「先輩大丈夫ですか?」  俺の問いには答えず、自分が何処に居るのか確認しようと、目だけを動かし周囲を見ているようだった。 「……たよ」 「はい?」  弱々しい声で呟くように言われよく聞き取れず俺は聞きなおした。  志野原さんは搾り出すようにしてもう一度言い直してくれた。 「悪かった……さっき……呆れたろ?」  そう、言うと同時に志野原さんの目から涙がこぼれ落ちた。  俺は慌ててどうしたのかと問い掛けるが、志野原さんはキョトンっとしているだけだった。 「何処か痛いんですか?」  俺の問いで自分の異変に気付いたのか、手で顔を拭い自分が泣いている事に漸く気が付いたようだった。  とたんに、ガクガクと振るえ嗚咽をこぼした。  俺は咄嗟に手を伸ばすが、手が志野原さんに触れる前に彼は咳き込み、身を丸めてうつ伏せになった。  彼の苦しみを少しでも和らげようと背中を軽く叩いていると、志野原さんは俺の腕にしがみ付いてきた。 「先輩大丈夫ですか?」 「……に……で……くれ……」  咳き込みながら喋っている所為でよく聞き取れない。 「……なら……ないで……くれ」 「何ですか先輩?」 「嫌いに……ならないで……くれ」  息が整うにつれ言葉もはっきり聞き取れた。 「嫌いにならないでくれ」  すがるように必死に俺に訴えている。 「頼むから俺を嫌いにならないでくれ!」  言葉を繰り返すたび志野原さんの指が俺の腕に喰い込んだ。  この必死さは何なのだろう?  まるで、大切な人を失わないようにしようと形振り構わずしがみ付いているようだ。  俺が?  昨日今日認識されたばかりの俺が、志野原さんにとって大切な人間な分けがない。  一体何なのだろう?  分けが分からなかったが兎に角志野原さんを落ち着けようと、彼の頭を優しく撫でた。 「先輩を嫌いになんてなってないですよ! 落ち着いて下さい!大丈夫ですから!!」  言い聞かせるように何度も何度も繰り返した。  翌日。  志野原さんの様子はおかしかった。  俺の事を一寸忘れてしまっていたのだ。  自己紹介をして、漸く思い出してくれたようだったが、昨日の事といい、さっきの事といいやはり彼には何かがあるようにしか思えなかった。  台所中を探し唯一見つける事が出来たスパゲッティを作り、半ば強制的に志野原さんに食事を取らせているとドアが勢い良く開き訪問者が現れた。 「ビックリした。知らない人がいるから部屋間違えたかと思ったよ」  そう言った少年は、真っ黒なちょっと長めのショートカットに、パッチリとした大きな瞳は長い睫に縁どられ、形の良いピンク色の唇の美少年だった。 「来客中だ、とっとと帰れ!」  志野原さんは嫌な物でも見たかのように顔をしかめたが、そんな事は気にもとめずに少年は話し続けた。 「部屋に他人を入れるのあんなに嫌がってたのにね。女に飽きて男に走ったわけ?」  悪戯っぽく笑いながら少年は無遠慮に部屋の中に入って来た。  一体何者だろう?  志野原さんと随分親しいようだが……。 「だとしたら誰よりも先に手前を犯してやるよ」 「へぇ、嬉しいな兄さんとだったら気持ちいいSEX出来そう。勿論兄さんが女役でだけど」  兄さん?  この少年と志野原さんが兄弟!?  二人を見比べてみたが全然似ていなかった。  志野原さんは瞳も髪も色素が薄くハーフっぽい顔立ちなのに比べ、少年は瞳も髪も真っ黒で純和風と言った感じだった。  それに、どう聞いても兄弟の会話ではないように思える。 「俺とお前のウエート差を考えろお前に俺が押さえ込めるかよ!」 「別に無理して押さえ込む必要なんてないんじゃない? 要は身体の自由さえ奪っちゃえばいいんだから。あんたもそう思うだろ?」  急に話を振られ俺は「はあ」と曖昧な返事をした。 「今は兄さんより気になる奴がいるからいいんだけど……。どんな事をしても欲しいんだよね」 「ならさっさとそいつの所にでも行けよ」 「そうだね」  同意したのに何故か玄関ではなくベットのある奥の部屋の方へ歩いて行った。 「おい!晃何処行くんだ!?」  志野原さんは慌てて止めようとするが、少年は無視して奥の部屋へ入って行った。 「おい光! あのバカ引き摺って来い。好きなだけ殴っていい。生きていればとりあえずいいから」  無茶な事を言う。 「そんな手荒な事出来ませんよ」  俺が行き渋っていると部屋から少年は何かを持って出てきた。  見ればそれは俺の携帯だった。  一体何をする気なのだろうか。 「番号交換しようねv」 「おい! 何しているんだ光の携帯で!!」  少年は手早く番号交換を済ませて俺に放り投げた。 「何慌ててんのさ兄さん。さっき言ったろ今気になっている奴が居るって。兄さんのお気に入りに手なんか出さないよ」 「ならなんで……」  少年は意味ありげに笑った。  その微笑みはどこか悪魔的だった。 「さて、もう行くかな。俺は志野原 晃。あんた名前は?」 「稔川 光です」 「光君、兄さんの事可愛がってあげてね」  可愛がるの意味が分からず、俺は返事を返さなかった。  晃くんはヒラヒラと手を振りながら玄関へ消えて行った。 「やっと帰りやがったかあのガキ」  やれやれと言った感じで志野原さんは椅子の背もたれにもたれかかった。  失礼とは思ったが俺はずっと気になっていた質問をぶつけてみた。 「弟さん……なんですよね?兄さんって呼んでいたし……」  志野原さんは背もたれにもたれかかったまま長い足を組み直した。 「似てないって言いたいんだろ? アイツは本妻の子供。俺は妾の子共なんだよ」 「それって……」 「腹違いの兄弟って奴だ。別に珍しい話でもないだろ?」 「すみません! 余計な事話させてしまって……」  俺は失礼な事を訊いてしまったと申し訳なさで一杯になった。  志野原さんは「大した事じゃない。気にするな」と軽く笑った。  改めて抱き枕になってくれと頼まれ、俺はそれを承諾し家の手伝いをサボり土日を志野原さんとまるまる過ごした。  夜寝る時になると彼は必ず泣いた。  まるで小さな子供のようにしがみついて……。  俺はどうしていいのか分からずに、ただ傍にいる事しかできなかった。  月曜の朝。  俺は家に着替えや教科書などを置いたままだったので取りに戻る事を告げた。  志野原さんはどこか上の空でそれを聞いていた。  だが、俺がドアを開け出て行こうとしたとたん彼の様子が変わった。  何か言いたそうにすがる様な目で俺を見つめた。  置いて行かれる子犬のようだった。 「行かないで」そう、言われているような気がして心が揺れた。  出来ればずっと志野原さんの傍に居て上げたいし、居たいのだ。  だが、そんな事出来るわけもなく「ちゃんと学校に行って下さいね」と言って、自分の気持を断ち切るしかなかった。  ドアが俺と志野原さんを隔てるように閉まっていく度に、目の前の寂しげな瞳が痛かった。  この後学校へ行けば会えるというのに。  なんて瞳をするのだろうかこの人は……。  結局生徒会の仕事が忙しくて志野原さんとは中々会えなかった。  志野原さんが俺を探しに1学年のクラスまで来た事をクラスメイトに聞いて知った。  わざわざ会いに来たのか?  あの人が?  人に一切の執着を見せなかった彼が……。  正直言って嬉しかった。  彼に必要とされて……。  彼の特別になれたような気になっていた。  昼休みに志野原さんの教室に出向いた。  志野原さんは俺の顔を見るなり恐い顔つきになり、力任せに俺を引き摺り屋上へ連れて行かれた。  屋上の扉が閉まり、二人きりになったとたん志野原さんは俺の肩に腕に触れ、ホッとしたのか全身の糸が切れたように俺の胸に崩れ込んで来た。  俺はかける言葉も見つからず、ただただ抱きしめる事しか出来なかった。

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