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第19話 当たってみたら見事に砕けた -3

□ □ □  現在の居場所はというと、柔道部の部室だ。  鍵は例によって塚本が開けた。  手馴れていて怖い。 「勝手に入ってもいいのか?」  入り口付近から遠慮がちに中を窺って、既にベンチみたいな椅子に座っている塚本に聞く。 「知り合いがいるから大丈夫。見つかると面倒だけど」  ふぅ、とダルそうに一息ついて、目を閉じた。  雨だからな。  こうジメジメしていると、塚本じゃなくてもやる気出ないよな。 「やっぱ雨だとダルイ?」  座っている塚本の側に寄って笑いながら言う。 「でも、これ乗り越えないと夏が来ないし」 「暑いのも、好きじゃない」  期待を裏切らない答えが妙に可笑しい。  言われてみれば、塚本は暑いのにも弱そう。 「そう言えば」  ダルそうにしていた塚本が、ふと思い出したように口を開いた。 「瀬口、そろそろ誕生日?」  本当に唐突に言われて、びっくりして真顔になってしまった。 「オレの誕生日知ってるの?」  塚本の言う通り、そろそろオレの誕生日が来る。  どこで知ったんだろ。  多分、藤堂にも教えてなかったと思うけど……? 「いや……名前から察して」  あっ、そ。  そんな事だろうと思ったよ。  夏に生まれたから「ナツ」なんて名前、こんな所で役に立つとは。  期待してドキドキして損した。 「いつ?」 「何かくれんの?」 「構わないけど」 「やった」  これは素直に嬉しい。  祝ってもらえるって事の前に、塚本からというのが重要だ。 「あんまり、高いものは無理」  オレが喜ぶから不安になったらしく、塚本はそう付け足した。 「いいよ。くれるなら何でも」  もう本当に、塚本がくれるなら何でもいいよ。  とか考えて浮かれているオレって、結構健気かもな。  自分でも知らなかったから大発見だ。 「うん。でも一応聞いとく。何か希望ある?」 「希望……?」  そんなことを聞かれてもなぁ……。  難しい質問だ。 「欲しいものとか」  欲しいもの?  何だろうな。  今のオレって何が欲しい? 「無いならいいけど」  オレが真剣に考え込んでいると塚本が微かに笑った。  何故笑う。  塚本が聞くから考えているのに。  他でもない塚本が何かくれると言うから、こんなに真剣に考えているのに。 「言ったら、何でもくれるの?」  一つ思い浮かんだ。  別に今言うような事じゃないんだけど、塚本が笑うから何かカチンときて言ってみたくなってしまった。 「出来る範囲で」  大丈夫。  高価なものじゃない。  ある意味貴重だけど。 「じゃあ、塚本がいいな」  言ってしまった直後に、とてつもない後悔に襲われた。  やっぱり言わなければ良かった。  ありえない。  そんなのを要求するなんて、狂っているとしか思えないだろ。  本当に、言わなきゃよかった。 「……俺、欲しいの?」  びっくりした表情で塚本が自分を指した。  オレが塚本のことをどう思っているのか、絶対にバレたよな。  バレていないとしても、確実に不審に思われている。 「うん」  反射的にオレが頷いてしまってから沈黙が訪れた。  塚本は考えている。  何をかまでは分からないけど、目を伏せて何かを考えている。  オレは返答を待っている。  少し大袈裟に言うと、判決を待つ罪人の気分。  言ってはいけないことを言ってしまったのだから、大袈裟でもないか。 「それは、無理かな」  長い沈黙の後、塚本がぽつりと言った。  やっぱり……。  オレの希望は、塚本の言った「出来る範囲」とやらからは圏外だったようだ。 「俺、男だぞ」  困惑した塚本が当たり前のことを言ってくる。 「見れば分かるって」  笑って返した。  言いたい事は分かるよ。  塚本は男。オレも男。だから無理。そういうことだよな。  大丈夫。オレもそう思っているから。 「無理だろ?」  念を押すように訊かれたら、オレとしては結構キツイ。  誰だっけ?  「塚本は来る者は拒まずだから、男でも問題無い」って言っていたのは。  ああ、西原先輩だ。  問題有りじゃないですか。 「そんな真剣な表情するなよ。冗談なんだから」  何とか笑って塚本の肩を叩いた。  予想以上に力が入ってしまったらしく、塚本は痛そうに顔を少し顰めた。  こっちをじっと見て、オレの様子を窺っててる。  今はあまり見ないでほしいんだけど。 「……そっか?」 「当然」  冗談で済まさなきゃ。  ここでムキになって本気だって思われたら、塚本と今までのように話できなくなるかもしれない。  塚本のことは好きだけど、好きなだけだから。  特別に思ってもらえなくても、このまま友達で付き合っていけたらそれでいいから。  今のはちょっと口が滑っちゃっただけ。  軽い冗談ってことでいいよな。  うん、大丈夫だ。 「やっぱいらないや」  塚本に背を向けた。  後ろを向いたのは無意識。身体が勝手に動いた。  顔を見られたくなかったし、見ているのも辛かったから。 「誕生日のやつ。友達とプレゼント交換して喜ぶ歳でもないしさ」  突き放した言い方になってしまうのは仕方無い。  こうやって強がってないと悲しすぎ。 「……分かった」  後ろから聞こえる塚本の声が少し寂しそうに聞こえたのは、オレの耳が都合よすぎるからだろう。  寂しいのはオレの方。  加えて凄い憂鬱。  でも、梅雨って毎年こんなもんだった気がする。  不快指数高くてイライラする感じ。  そもそも、男を好きになるなんて事が変なんだって。  その感情だって、オレの早とちりかもしれないし。  勘違いという可能性も、まだ捨てきれてないし。  だから、塚本の事はこれで良かったんだよな。  という結論に着地して、沈む気持ちを何とか支えることにした。

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