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第76話 文化祭1日目 -3【塚本】
文化祭一日目の午前中、塚本は友人たちとテキトーに時間を潰していた。
最初は間違いなく一人だった。
何をするでもなくうろついていると瞳子を連れた安達に見つかり、気づいたら仲井がいて、ついさきほど黒見が加わった所だ。
この人数で移動することにいささかの不毛感を覚えながらも、強いて嫌がる理由もないので、 一行の輪から出ることもしなかった。
人とは実に流動的で、いつまでも一箇所に落ち着いていない。
会話も然りだ。
無言で友人たちの会話に耳を傾けていると、色々な方向に飛んでいっては結局同じ場所に戻ってくる。
わざとやっているのか、それとも無意識なのか。
どちらにしても興味深い。
「塚本は?」
急用を思いついたらしい仲井がいなくなった集団の中で、何やら黒見が意見を求めてきた。
しかし、その黒見の声は、当の塚本の耳は届いていなかった。
今の塚本には、そんな質問に思考を巡らせている余裕がなくなっていた。
塚本の動きは、ジッと一点を見つめたまま止まっている。
不審に思った友人たちが塚本の視線の先を見やった。
「おっ、なっちゃんだ」
校庭に立ち並ぶ模擬店と賑わう人々の中から、塚本の動きを止めたものを最初に見つけたのは安達だった。
塚本が目を奪われる人物など、瀬口以外にはいないだろう。
「あれ」
見つけて思わず弾んだ声を上げたが、すぐにトーンは下がった。
それは、塚本の動きが止まったのと同じ理由だった。
瀬口の横には、見知らぬ少年が立っている。
私服だが明らかに高校生で、瀬口より頭半分ほど背が高い。
そして何より、瀬口とやけに親しそうに話しをしている。
「隣の奴、誰?」
全員が同じ疑問を抱いたらしく、安達の呟きに「さぁ?」という空気が流れる。
「他校生だな。知ってる? 塚本」
「いや」
瀬口から視線を外すことなく、塚本は黒見の質問に短く答えた。
「浮気かもよー」
助長するように言った瞳子が楽しそうに笑う。
ただ話をしていた、というだけで、いちいちそんな心配などしていられない。
瀬口に関わる全ての人間に、そんな疑いを抱くなんて馬鹿馬鹿しい。
それに、瀬口が浮気などできる性格でない事くらい分かっている。
「友達、だろ」
文化祭は一般公開しているのだから、塚本の知らない友人が来ていても全く不思議ではない。
と、何でもない事のように言った直後、少年があまりにも自然に瀬口の頭に手を置いた。
それに対して、不満な表情を見せながらも、瀬口は本気で嫌がっているようには見えない。
たったそれだけの事で、まるで自分の領域を侵されたような感覚に襲われる。
例えば、安達や黒見たちが瀬口に同じことをしても、いい気はしないがこんな気分にはならない。
相手が何者なのか分からないだけで、胸に渦巻く感情が濁っていく。
自分の知らない誰か。
もしかしたら、塚本より近しいかもしれない存在。
一言で言うなら、不愉快だ。
「塚本?」
「お前、かなり機嫌悪くない?」
友人二人がやや引き気味に覗き込んでくる。
「……そうか?」
と訊き返した声が重い。
「悪い。つーか、怖い」
安達が怯えを含んだような表情で指摘する。
「そんなに気になるんなら、誰なのか聞きに行こうよ」
やけに弾んだ声でそう提案してきたのは瞳子だ。
言われなくてもそのつもりだった塚本は、上の空で「ああ」と答える。
「ほらほら、そんなに怖い顔すんなって。なっちゃんに嫌われちゃうぞ」
「……」
「イヤ、冗談だから。睨むなって」
黒見がヘラリと笑って洒落にならない事を言うので無言でいたら、素で怯えられていた。
堪らなく不愉快なのは事実だが、睨んでいるつもりはない。
友人たちに当り散らす気などなくても、繕うだけの余裕がなかった。
軽やかな足取りで瀬口の元へと歩み寄る瞳子の後に続いて、ゆっくりと足を踏み出す。
責めるとか、怒るなどの事は一切考えていない。
そういう類の感情ではなかった。
知らない誰かとの時間を奪うつもりもない。
(強いて言うなら……)
ただ、その場所が誰のものなのか知りたいだけ。
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