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第1話
「今からそっちに行ってもいいか」
土曜日の夜。仕事は休みで、夕飯の片付けをしていたところで、着信音がした。秋吉司は、スマートフォン越しに聞いた男の声に、身を震わせる。期待の次に浮かんだのは不安。しかし、それを悟られぬように、問いかけに承諾する。
「ああ、大丈夫だよ」
「多分十時位に着くから」
「わかった」
通話終了。ディスプレイに「高橋正平」の名が表示される。
高校の同級生。大学からは一時期疎遠になっていたが、色々あってここ一年で急速に距離が縮まった。具体的にいうと友人から恋人へと変化したのだ。
いつもならば、司は男の訪問を喜んで迎えるはずだ。しかし、今日ばかりは、そうはいかなかった。
正平は今日、大学時代の友人の結婚式に出席すると言っていた。三十手前となった司たちにとって、友人の結婚式は初めてではない。いくら晩婚化だの少子高齢化だのといったところで、一定層の人間は適齢期に人生の岐路に立つのだ。
司は、自分自身がその岐路に立つことはないと覚悟を決めている。物心がついたころから、異性をそういった意味で愛することがないとわかってしまったから。だが、正平はどうだろうか。基本的には異性愛者だったはずだ。今のこの関係性が奇跡的なのだ。高校の同窓会で再開して、会う機会が増えて、惹かれ合って。司は、これ以上望むことはない。ただ、常に恐れている。正平が、やはり女が良いという日が来るのではないかと。
特に、結婚式だなんて、嫌でも見せつけられる。主役である花嫁はもちろんのこと、参列する女達の華やかな出で立ち。その艶やかさを前にすると、中性的と言われることが多い司でも、分が悪いと言わざるを得ない。不安だ。だが、それをどうして口に出せようか。こんな醜い嫉妬心。知られてしまえば、いっそう惨めである。だから、行かないでほしいとは言えなかった。彼には彼の世界があるのだから。しかし、そんな物わかりのいいふりをして、内心では女々しい感情が渦巻いている。笑うしかない。
そして、その式が終わったタイミングで自分を尋ねようとしているのは何故なのか。司の心は穏やかではない。
――やっぱり、お前とは…――
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