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第1話

 毎日がつまらなかった。昨日をコピー&ペーストしただけの今日、今日をコピー&ペーストしただけの明日、繰り返すたびに劣化していくような、つまらない毎日だった。厭世家を気取るつもりはないし、そんな柄でもない。仕事は上手くいっている。私生活も、別れた彼女から入籍の報を受けた以外はこれといったトピックもない、ひどく平穏なものだ。だから、たぶん、それに少しだけ飽き飽きしていた。    その人物とコートを着て会うのは、不思議な気分だった。元々はシンガポール駐在の時期に世話になっていたいわゆる取引先のお偉いさんで、昨年日哉(にちか)が帰国するまでは、かの常夏の国であれこれ手ほどきを受けたものだ。このたびは一時帰国だそうだが、そのタイミングで呼び出される程度にはどうやら自分は気に入られているらしい。艶福家というのだろう、大人の遊びを知り尽くした人物だ。本来大して好きではなかったその類いの遊びに、こちらの気分にはお構いなしに付き合わされるのにも、営業職を続けていればすっかり慣れた。  金曜の夜、集まった男たちとは初対面だった。顔合わせを兼ねて寿司を軽く摘まみながら、自慢話へ定型の賛辞を送り、一言一句違えず諳んじられる滑らない話を披露し、歓談の体裁を取った品定めをつつがなく終える。それから一行は巨大な歓楽街の端へタクシーを着けると、ぎらついた電飾看板と客引きの間を抜けて奥へ進んだ。寒い夜だったが、国籍も性別も喜怒哀楽もすべて飲み込むこの街の混沌は、夜が更けるほど深まるようで、着込んだコートが少し鬱陶しく感じるくらいだった。やがて立ち止まった一棟の古いビルにはネオンサインさえ灯っておらず、廃ビルのような薄暗い雰囲気を醸していた。地下へと続く階段を下り、扉の向こうに受付が現れてやっと、間違えて迷い込んだわけではなかったのだと実感できる。  ホールへ続く分厚い扉の奥は、映画で見たキャバレーのような世界だった。  大きなシャンデリア、臙脂色のカーテン、ヨーロッパ調の絨毯。内装は古くさくもあったが、この平成の時代に――あと数ヶ月でそれも終わるという時代においてあまりにも旧時代的で、その圧倒的なきらびやかさには息を呑むしかなかった。正面にある大きな半円形のステージからは短いランウェイが突き出し、それを囲むようにテーブルが配置されている。いくつも降り注ぐ妖しい色のライトが、バーカウンターの飾り棚に並んだ酒瓶に、行き交うボーイの横顔に、きらきらと反射している。上等な絨毯をピンヒールが軽やかに踏み、見渡せばそれを履くのは皆、きわどい衣装を身に纏った麗しい青年だとわかる。なるほど、この人が好きそうな場所だと、半ば呆れつつも理解できた。 「伊丹(いたみ)くん、ここには?」 「ご覧のとおりです」  物珍しげな顔を揶揄われ、日哉は苦笑を返した。  垂れたカーテンの奥がVIP席だ。ソファに座るとすぐに、三つ揃いのスーツを着た男が現れる。この店のオーナーだという、まだ三十半ばといったところだろう若い男だった。 「お待ちしておりました」 「彼の叔父さん、先代のオーナーと縁があってね」 「長らくご贔屓いただいて、叔父も喜んでいると思います」  オーナーの手招きで、数人の青年がやって来る。 「それでは皆さま。どうぞ、当店のショーをお楽しみください」  ひとりが主賓のグラスに酒を注ぐのを合図にしたように、フロアの照明が落ちる。ミラーボールが虹色の光を降らし、天井のスピーカーから流れるジャズが、一転、壁を震わせるダンス音楽に変わる。ショーの始まりだった。

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