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第2話

 オープニングはベリーダンスのようなアラブ風の振り付けを織り込んだパフォーマンスで、数人の踊り子が腰布を揺らしながら激しく踊った。はためく腰布の下を隠すものはなく、彼らはそれを見せつけるために腰を振る。光る汗に、絡めあう素肌に、小刻みに震える尻に、高い指笛が飛んだ。次はポールダンスだ。無駄のない筋肉質な体つきの踊り子が、最後には一糸纏わぬ姿になり、ポールに腰を尻を擦りつけて喝采を浴びた。ストリップショーだとは聞かされておらず、初めは少しばかり面食らったが、それも自分をこの店へ連れてきた人物の目論見のうちだったろう。ステージで踊り子が裸体をくねらせれば、歓声とチップが舞う。この店の旧時代的な絢爛さとほのかな猥雑さが、海の向こうのカジノやもっとゴージャスなクラブより、なぜだかずっと現実離れして感じて、まるでスクリーンを眺めているような気分だった。 「お気に召しませんか?」  横合いから声がかかる。目をやると、如才ない笑顔を浮かべたオーナーがこちらを見ている。白けた気分を見咎められたような気がして、日哉は同じように笑顔を取り繕った。 「いえ、そんなこと」 「さっきから、お行儀良く見ていらっしゃるばかりなので」 「緊張しているんです」 「嘘でしょう、草間様のお気に入りと聞きましたよ」 「あちらでは良くしていただいていました」  オーナーが横目に見やった今宵のVIPは、麗しい青年を両脇に抱えて満悦顔だ。このVIP席から一望するステージもフロアも、扇情的で熱狂的な様相で、それは隣のソファも同じだった。今日知り合ったばかりの男のひとりは膝の上にバニーボーイを乗せてキスをしているし、もうひとりも左右からシャンパンとフルーツを給仕されている。確かに、この雰囲気の中で冷めた態度でいるほうが異常なのかもしれなかった。  激しい音楽がやみ、ミラーボールから差す虹色のライトが消える。静寂というには騒がしく、暗闇というには眩しすぎたが、それが次のショーへ移る合図だった。  ステージの中央に青白いピンスポットが落ちる。  その下で彫像のように微動だにせず立つのは、美しい人だった。  深海から浅瀬までの青いグラデーションの、人魚のようなロングドレスを着ている。女物の衣装というだけで、女と見紛うような柔らかさはかけらもない。胸の膨らみはなく、ドレスから覗く肩や腕は弾力を感じさせない硬質なフォルムだったが、その作り物のように無機質な体躯が、危険なほど美しく感じた。ぴんと背筋を伸ばし、手を腰に当て、こちらを睥睨する。 「アイリスです」  息を呑んだのが伝わったのかもしれない。イントロの隙間を縫うように、オーナーから耳打ちがある。おそらくそれが、彼女――彼――の名前なのだろう。流れ始めたのが古い洋楽のカヴァーであることに、ふと気づいた。  かすかな微笑みを唇に湛えたまま、膝を高く上げてハイヒールのつま先を一歩踏み出す。明るい曲調に乗ってドレスの裾を閃かせながらくるりとターンすると、深いスリットから現れた太股に、ストッキングを留めるガーターベルトが見える。ステージの中心で衆目を集めながら、アイリスには見る者をはねつけるような冷たさがあった。それは完璧な化粧の施された顔、精巧に細工された目元のせいだけではきっとないだろう。先ほどまでの踊り子と違い、媚びるような笑顔も挑発的な目配せもないが、アイリスもまた軽快な音楽に合わせてドレスを脱いでいく。繊細なレースのブラジャー、パンティ、ガーターベルト、そして足元のハイヒールまで、青白い肌にくっきりと映える黒だった。  曲調がぐっとメロウに変わる。腰まで届く長い黒髪をゆっくり背中へ払って、ブラジャーの肩紐をずらすと、まずは片方の胸を出す。豊かさのない平たい乳房に、ふっくらと尖った乳首が見える。それを自ら少しつねってみせると、もう片方の乳房を剥き出しにし、抜き取ったブラジャーを背後へ放り投げた。ピンスポットを一身に受けて何度もその平らな乳房を愛撫しながら、太股を開き、重いリズムに合わせて腰をゆったりと振る。陶器のように青白い生肌に、しかし作り物でないことを示すように、飾りというにはずいぶん多くほくろが散っているのが却って生々しい。アイリスがゆっくりと客席へ背中を向け、焦らしながらパンティを下ろす。硬質なフォルムの中、腰から尻のラインが妙に肉感的で、弾けるような尻が露わになると高い指笛が飛ぶ。両脚からパンティを抜き取ると、三曲目、とびきりムーディーなナンバーが始まった。  振り返ったアイリスは、ヴィーナスの誕生のごとく長い髪で臍から下を隠している。それを静かに払うと、滑らかな素肌には一本の体毛も生えていなかった。また、指笛と歓声が飛ぶ。小さなパンティの布地に押し込められていたくすんだ色のペニスが、白い下腹からこぼれ出ている。それに手を添わせ、ピアノのように指で弾き、軽く扱きながらこちらを見る。濃い付け睫毛の奥からじっとりと睨めつける瞳の色は暗く、ルージュで光る唇はかすかに笑っていた。こちらを見たのはここがVIP席だからかもしれないし、そもそも単なる気のせいかもしれないし、ステージから一番遠い席で、だから目が合うはずもない。ただ、そのじっとりと冷たい目線にどこかおぼえがあるような気がして、しかし、それも錯覚だとすぐに思いなおす。  手脚を踊るようにまろやかに動かすごと、薄い肉が、その下のあばら骨がうごめく。長い長い髪が腕に、首に、肢体に絡み、時折それを口に含んだり鬱陶しそうに頭を振ったりする。床にうつ伏せたアイリスが背中をしならせて尻を突き出すと、その谷間から硬くすぼんだ肉が見えた。  照明が静かな青から興奮の赤へ、そして虹色に明滅を始める。  すぼんだ肛門を指で広げ、もどかしげにくねるアイリスの身体に、うっすらと汗が光る。ライトの色のせいだろうが、赤らんで熟れていくように見える。ガーターベルトを軽く引っ張り、パチンと素肌を弾き、尻たぶを揉みしだきながら四つん這いになってさらに高々と尻を突き出す仕草が、今すぐ駆け寄って慰めてやりたくなるほど物欲しげに見えて――ごくり、と、知らず喉が鳴った。  まるで達するように身体をぴんと伸ばし、それからゆっくりと丸くなる。身体じゅうに髪を絡ませて大きく息をつくアイリスを残し、曲が終わり、照明が落ちていく。アイリスがただのシルエットになっても、視線が釘づけのまま動かせなかった。  再び煌々とライトが灯り、明るい音楽が流れる。切なく果てる様子を演じたアイリスがまっすぐに立ち上がり、ガウンを肩にはためかせながら、ランウェイの先端に腰掛けて見せつけるように脚を組む。ガーターベルトに、ストッキングに、ハイヒールの隙間に、次々にチップが挟まれる。最後の客から口移しでチップを受け取ると、アイリスはフロアをぐるりと見回し、弾むような足取りでステージをあとにする。  喝采だけが残ったフロアで、痛いほど勃起していることに気づいた。

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