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第1話 姫から王子へ
放課後の学校はざわめきに満ちている。
運動部の掛け声やブラスバンド部の楽器の音、文化祭の準備も始まっているからあちこちで何かを作ったり叩いたりする音が学校中に響いていた。
一年A組の教室で:高橋祐樹(たかはしゆうき)が帰り支度をしていると、クラスメイトの:河野聡(こうのさとし)が声をかけてきた。
「祐樹、今日の放課後って空いてる?」
「ごめん、約束ある」
「なんだよ、デート?」
「うん」
素直にうなずくと、河野のパンチが肩に飛んできた。
「なにが、うんだよ。ちょっとは恥じらえ」
「恥じらうって、なに時代の話なの」
祐樹がふわりと笑う。
九月終わりの残暑をものともしない、涼しげな微笑み。祐樹の周囲にだけさわやかな草原の風でも吹いていそうだ。
その笑顔を見て河野はたしかに、と心のなかで思った。
高等部に上がってから、祐樹にはひそかな呼び名がついた。というか増えた。
王子さま、だ。
中等部では祐樹姫(あるいは姫)という本人のまえで呼ぶと蹴りが飛んでくるあだ名だったのに、高等部に入ったらそれが王子さまに変わったのだ。
姫から王子だなんて、ずいぶん大きな路線変更だ。けれども、いまの笑顔はたしかに王子さまの呼び名にふさわしかった。
祐樹の外見はやさしげで線が細くてきれいだ。
男子高校生という響きにある汗臭さや生臭さを一切感じさせない、シャンプーのCMにでも出したいくらいさわやかで清潔感のただよう見た目をしている。
中高一貫の男子校だからお互い中学入学時から知っているわけだが、祐樹のかわいらしさは中等部の入学式ではちょっとした騒ぎを引き起こした。
「今年の新入生には女子がいる」
そんな噂が学校中を駆け巡ったのだ。
男子校でそんなことが起こるわけはないので、みんな冗談だろうと笑っていたが、祐樹を実際目にして、マジかよと顔色を変えた生徒が続出した。
身長150センチと小柄なうえに、滑らかな頬にぱっちり二重の目、さらさらの髪に華奢な体格で、どこから見ても美少女に見えた。
そして、その日のうちに祐樹姫の呼び名を献上されたのだ。
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