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第74話

 それでもダメだった。友達以上の感情を持てず、心も体も熱くなることはなかった。  それなのに、同級生に目を奪われることは増えていた。具体的に誰かを好きになることはなかったが、こういう感じが好きだと思うときは以前より明確になっている。  自分はしっかりした体格の男らしい顔が好みなのだ。それで言うなら大澤も当てはまるが、元々苦手意識がある大澤相手にどうこうなりたいと思ったことはない。 「ビール、もう1本飲むか? 夕方帰るんなら、これ以上はまずいか?」 「あー、じゃあもう1本だけ。うち、兄たちがやんちゃしてるから、そんな厳しくないですけど」  いつの間にか1本あけていた。2本目を受け取って、今度はゆっくり飲もうと意識する。  大澤とこたつでテレビを見ながらキムチ鍋を食べていると、ふと去年のバレンタインデーを思い出した。  綾乃の部屋でチョコケーキを食べてキスをした。その先にどうやって進めばいいかわからずに、心臓がバクバクして緊張したことを覚えている。  初めてのセックスはぎこちなくて、とにかくちゃんとしなくちゃとそればかりが気になった。気持ちなんてまるでこもっていない、ただ形だけのセックスだったと思う。 「祐樹、なに考えてる?」  大澤の声で、はっと顔を上げた。いつの間にか箸が止まっていて、ぼんやりした祐樹の顔を大澤が覗きこんでいた。 「あ、なにも…」  大澤の顔が思いがけず近くにあって、すこし焦って身を引いた。  大澤はなにも言わず、じっと祐樹の顔を見つめている。こころの奥まで見通すような視線に、どうしていいかわからず目をそらした。  大澤はなにか感づいているんだろうか。  男のほうが好きなんじゃないの、と言われたのはもう1年近くまえだ。それから6人の彼女とつきあって別れた話を大澤はぜんぶ聞いている。次々と彼女を変える祐樹を、どう思っているだろう。 「祐樹、なにか俺がしてやれることがあるか?」  大澤はほんの少し、困ったように微笑んでそう言った。  静かな問いかけは祐樹の胸にすとんと落ちて、正直な気持ちを口にしてもいいのだと背中を押された気分になる。 「大澤先輩」 「うん」  「…キス、してくれませんか」 「どうした、急に」  落ち着いた声にはやさしい響きがあった。  バカだ、こんなお願いをしてどう思われるだろう。冗談ですって笑わなきゃ、と顔を上げかけたところで、影が落ちてそっと唇が重なってきた。

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