それでも、話し掛けてくれたら自分の中での精一杯の笑顔で返すようにしていたし、誰からも嫌われてはいなかったとは思う。 　その反面、僕みたいに地味で目立たない生徒にすすんで話し掛けようとする生徒もおらず、自分から行動を起こさないと友達ができないことを痛感していた。 　そもそも僕の名字からして『木田』なんてありふれたものだし、名前は『純』で、こちらも割とありふれたものだ。この女の子みたいな名前のせいで子供の頃は虐められることもあり、そのトラウマが今の性格にしてしまったのかと時々考えるぐらいだ。 　それを言い訳にしているつもりはないけど、もっと自分に自信が持てたら。そうしたらきっと迷うことなく彼に話し掛けるし、あの輪の中にも躊躇(ちゅうちょ)することなく入って行けるのに。 　ぼんやりと窓の外を眺めているふりをして、彼をこっそり盗み見た。僕の隣の隣、佐武くんの席に座り彼は綺麗に笑っている。 　太陽の下で見た、さらさらな金色が風に揺れる。真っすぐ前を見据える瞳はあの空のように澄み渡る青で、その瞳になんとか映ってみたかった。 「へえ。ジョンくんの名前って、ジョン・レノンから取ったんだ」 　教室に溢れる雑音に紛れ、不意にはっきり聞こえた女子の声。その一言に、思わずぴくりと反応してしまった。 「ジョン・レノン……」 　その頃は僕の父が喫茶店を始めたばかりで、ロック馬鹿と呼ばれるほどの音楽好きでな父さんは、その音楽好きが高じ、いきなり脱サラして喫茶店を始めてしまった。 　その店は父さんが趣味で集めたロックやブルースのレコード盤で溢れ、一日中、今でもご機嫌な曲が流れている所謂(いわゆる)、ロック喫茶だ。 　実は母さんも父さんに負けず劣らずの音楽好きで、そんな環境に育った僕も例に漏れず音楽好きだったりするんだけれど。 　そう言えば、彼の地元のロンドンはビートルズが生まれた街だ。彼の両親も音楽好きなのかなと思ったら、急に親近感が沸く。 　ますます彼と話してみたくなった。彼に聞いてみたいこともたくさんある。この三年間、友達らしい友達もいなかったけれど、彼となら仲良くなれるような気もして。 　絶対に彼と友達になろうと心に決め、もう一度、今度は目的を持って窓の外を見る。少しだけ見上げたその先に、彼の瞳と同じ青が広がっていた。