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第35話
「それで、どうだった?」
ロンドンは。そう聞かれて返事に困った。どうもこうもロンドンへはジョンに会いに行っただけで、観光も何もしていない。
「まあ、滞在時間から考えても墓参りしただけか」
そんな村田の言葉が胸に刺さる。確かに僕はジョンのお墓だと言われてそこへ行った。だけど、ジョンを知る人に会ったでもなし、そこが本当にジョンの墓だと言える確証はない。
その日の夜。いつものように10時過ぎから店を開けたら、程なくして宣言通りに村田が現れた。
「よお」
いつもと変わらない態度で顔をくしゃくしゃにして笑う村田。昨日のことは何もなかったかのように。
だから助かった。今は悩みの種を増やしたくない。今の僕には村田の気持ちを考える余裕がなくて、目の前の問題だけで手一杯だ。
「どうやら失敗だったか」
村田は苦笑って、グラスに注いだオリオンビールを一気に煽った。
村田の言いたいことはよくわかる。口には出さないけれど、伊達に村田と二十年以上も幼なじみでいるわけじゃない。
さっきの『どうだった?』には、吹っ切れたかといった意味も含まれているんだろう。だけど生憎 ロンドンに出向いても、恋しさばかりが募った。
「死んでもまだジョンが一番か」
何気なく村田が言ったその一言に、磨いていたグラスを落としそうになる。
「冗談だよ。ごめん」
言い過ぎたと思ったんだろう。村田は慌てて謝った。でも、その一言が胸に刺さる。
「村田、ありがと。ちゃんとわかってるから。ジョンはいないって」
だけど、信じたくない自分がいるだけだ。人生で一番楽しい時間を過ごした相手がこの世にいないなんて。
しかもジョンの亡きがらに対面していないばかりか、訃報を村田の口から聞いて墓だという場所を見て来ただけだ。もともとが日本とイギリス、そう考えると一生会えなくても仕方がない距離だし。
いっそのことジョンはイギリスに帰国してしまっただけで、訃報はなかったことにしようかとも考えた。だけどそうしてしまえば、村田の好意をなかったことにしてしまうことになる。
「……そか」
「ん?」
いやなんでもない。そう返しながら、少しだけ思考をよそに飛ばした。
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