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第9話

 思わずのツッコミに、碧井は「そうだけどさ」と唇を尖らせる。 「好きになった相手が好みのタイプじゃないのは全然ありだと思うけど、探すときはやっぱり理想の王子様を思い描くものじゃない?」  そういうものだろうか。  確かに、ましろが一緒に生きたい相手として思い描くのは、天王寺のような面倒見のいい人だ。  天王寺は、どんな人が好きで、どんな人を選ぶのだろう。  今恋人はいるのだろうか。  天王寺に優しく笑いかけてもらえる人を、羨ましいと感じる。  かつてのように笑い合える日は来たら、どんなに嬉しいだろう。  今度天王寺と会えたら、どうしてあんなことをしたのかを聞いてもいいのだろうか。  それに、一昨日のあれは……、 「ハク」  呼びかけられて、碧井と話をしている最中だったことを思い出した。  会話中でも考え込んでしまうのは、ましろの悪い癖だ。  ぼうっとしてしまったことを謝っていると、碧井はバッグから封筒を取り出して、差し出してきた。  受け取り、中を見ても?と目顔で訊ねると、頷かれたので封を開ける。 「これは……」  近場にあるイングリッシュガーデンのチケットが二枚。  目を瞬かせると、碧井は綺麗な顔でにっこり笑った。 「良かったら二枚ともあげる。ほんとは、ハクが大好きな植物がいっぱいのところなら元気出るかなと思って連れて行くつもりだったけど、もしかしたら、誰か誘いたい人がいるかなって」 「ミドリ……」  どこまで知られているのかはわからないが、ましろが人間関係で悩んでいると察し、背中を押してくれているようだ。  とてもありがたく、嬉しいが……何も話せていないことが、心苦しい。 「ミドリは一緒に行ってくれないのですか」 「別に行きたくないとかじゃないけど。よく考えてみて、他に誘う人がいなければ、俺を誘ってよ」 「……ありがとう、ございます」 「ハクがいつもみたいにニコニコしててくれないと、俺も安心して愚痴言えないからさ」  今の場所に越してきたから何度か足を運んだが、大きくはないが、それ故よくまとまって花の一つ一つをじっくりと見て回ることができる、とてもいい場所だ。  そんな素敵なところで、天王寺とゆっくり話が出来たらと思う。  だが、天王寺が花が好きとは思えないし、そもそも嫌いな相手に誘われて、わざわざ休日を潰してまで嫌な思いをしに出かけたりはしないだろう。  そこを押しても、誘うほどの勇気が出せるかどうか……。  ただ、碧井の優しい気持ちはとても嬉しくて、ましろはもう一度礼を言って、チケットを潰さないように注意しながら抱きしめた。  碧井はそれ以上はそのことには触れず、セパレートティーを飲み干すと、スマートフォンを見る。 「この後、ハクん家でだらだらしてもいい?」  家まで戻るのが面倒だからと、ましろの部屋で時間を潰し、一緒に出勤をすることはいつものことだ。 「もちろんです」 「よし。なんか道中美味しいもの買っていこ」  今、昼食を食べたばかりなのだが……。  碧井は健啖だ。  目の前の皿とグラスが空になったので、そろそろ行こうかと立ち上がると、前を行きかけた碧井が突然真剣な表情で振り返ったので、忘れ物かと思ったのだが。 「ハク、もし出先で俺好みの鬼軍曹見つけたら連絡してよ」  鬼軍曹はイングリッシュガーデンにいるのだろうか。 「鬼部長とか、鬼社長でもいいよ」 「鬼のような人を見つけたら花を撮るふりで撮影して送りますね……」  心優しい友人に、早く鬼のような?恋人ができるといいと祈るましろだった。

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