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第12話
「天王寺様、本日もご指名いただき、ありがとうございます」
今日こそもっと話をしようと、できる限りの笑顔で迎えたはずが、はっきりと不機嫌そうに天王寺の眉が寄るのを見てしまい、出鼻を挫かれてしまう。
確実に気分を降下させてしまったことを、今日実装されたというセンサーが捉えているのだろうかと思うと、胃の辺りが重くなる心地がした。
数分前。
『SHAKE THE FAKE』では開店直前に朝礼とも呼べぬごく軽い情報共有があり、普段なら気怠げな店長の「今日もスタッフ一堂、お客様と楽しいひと時を過ごすこと」だけで終わるのが、本日は珍しく長めの話があった。
「この間ごく軽く話したが、来店中のお客様の体調や気分を読み取るセンサーを、今日から試験的に実装した。といっても、それに連動する空調の設置が間に合ってないから、そこはまだアナログな対応になるが、全員の端末から確認できるようになってるので、各自確認して、接客に活かすように」
隣にいた碧井が、ぱっと手を挙げる。
「気分って、どれくらいのことがわかるんですか?」
「上がってるか下がってるかくらい」
「アバウトすぎません?」
「月華曰く『快適さも大切だけど、コミュニケーションも大切。疲れて家に帰った時、五つ星レストラン並の完璧な料理が出てくるよりちょっと焦げたハンバーグが出てきた方が癒されることもあるでしょ』だそうだ。ただひたすらに快適でいたいだけなら、さっさと帰って寝ればいいのに、わざわざ高い金を払ってこんなところに来てるのは、他に求めてるものがあるからだろうしな。読みすぎるなってことだろ。今後はわからんが」
月華や店長の言うことは、少しだけわかるような気もした。
ましろが以前本店の『SILENT BLUE』で働いていた際、向こうの店長と副店長が誰よりも己に対して厳しい人で、自分だったら、客として訪れたとしても、同じレベルを求められているようで寛げないかもしれないと思ってしまったことがあった。
『SHAKE THE FAKE』の店長である海河の求めるレベルは「人が死ななければいいだろ」なので、店の雰囲気は自由そのものだ。
もちろん、どちらが正しいという話ではない。好みの問題だ。
ましろは求められても、『五つ星レストラン並の料理』のような接客をすることはできないので、完璧じゃなくていいという言葉に縋りたいだけなのかもしれない。
全員、支給の端末で情報を見ることができるかを確認して、開店になった。
店長に呼び止められ、フロアに既に天王寺が来ていると言われて、急いでやってきたのだが。
挨拶だけでそれほど不快にさせてしまったのか、隣に座る天王寺は難しい顔だ。
二人でいつまでも黙っているわけにもいかず、とりあえず飲み物をすすめると、お前も、というようにメニューを渡されたので、ソフトドリンクのあたりに視線を落とした。
「……酒は飲まないのか?」
「あ…好きですが、あまり強くないので……」
ましろはアルコールを飲むと眠くなってしまう性質だ。
幸い、『SHAKE THE FAKE』には酔わせようとしてくる客もいないので、一緒に飲みたいと誘われた時以外はソフトドリンクを頼むことが多い。
ただ、物にもよるが一杯くらいなら平気だ。
わざわざ聞いてくるということは、もしかしたら一緒に飲みたいと思ってくれたのではないだろうか。
それに、アルコールが入ればましろの方も話しやすくなるかもしれない。
「あの、では一杯だけご一緒してもよろしいですか?」
「飲めないのに、無理に頼む必要はない」
「でも、同じものが飲みたいです」
思わず食い下がると、天王寺は少し驚いたような顔をした。
そしてそれは、じわりと和む。
「あの頃と……変わってないところもあるんだな」
指摘されて、慕うあまり何でも天王寺の真似をしたがった頃のことが、はっと脳裏を過ぎる。
煩わしく思われたかとヒヤリとしたが、窺い見た天王寺は、不快に感じている風ではない。
それどころか、少し楽しそうにすら見える。
再会してから初めて見た穏やかな表情を殊更優しく感じて、ましろは胸を熱くした。
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